2章13話 天高く

文字数 2,817文字

 リリクランジュの狙いは俺だ。
 アメリアやOGの攻撃はまるで無視をした。

 進行方向はまっすぐに俺へ、鬼気迫る勢いをみせる。
 巨体が前のめりとなって、花畑を踏み荒らしてくる。
 俺が赤子の人形を持っていると誤認しているかもしれない。

「どけぇぇぇ!!」

 リリクランジュの怒号が響き、巻き添えを食らった木が倒れる。
 全てが敵の状態だ、闇雲に振り回す手があちこちを破壊している。

 俺は付かず離れずを意識して、とある場所に誘導した。
 仮に距離を詰められても、牽制するような銃弾が直撃する。

 アメリアが片膝立ちで銃を構え、助力してくれている。
 OGは竹槍を指揮棒みたく回して、陣形を掌握している。
 さすがのリリンクランジュも翻弄され、体勢を崩し始めた。

「――今だ」

 直ちに、全力で駆けだして肉薄した。
 リリクランジュが行動する前に飛び乗る。
 
 彼女はすかさず立ち上がり、振り落とさんと暴れた。
 一瞬だけ片足が浮きかけるが、肩口にまで登り詰める。
 両手を大きく後ろにそらし、膝を曲げながら身を縮めた。

 場所も状況も何もかもが関係ない。
 考えるべくは鮮やかに広がる青空だ。

 俺はつま先でリリクランジュの肩口を蹴り飛ばす。
 目いっぱいに手を伸ばし、天高く舞い上がり――()()()
 知らず知らずのうちに動きだした口がある事実を告げる。

「この飛行距離、記録更新だな」

 微笑みを浮かべ、テンの刀を突きだす。
 高く高く、その身よりも高く空に。

 ドッ、ゴォン!!

 大地を真っ二つにしかねないほどの爆音が爆ぜる。
 閃光と共に天からの贈り物――雷鳴が駆け抜けた。

 放電の影響で靴は吹っ飛び、右手には火傷の跡がある。
 朦朧とした意識の中、落下する俺の身体が呼び声を拾った。

「そ……」

 アメリアが、OGが、みんなが呼んでいる。
 心配、激励といくつもの声色で呼びかけている。

「そうだ」

 まだ、終わっていない。
 最後の大仕事が残っている。

 俺はリリクランジュの頭に着地し、刀を突き刺した。
 飛び降りるや否や、立て続けに雷鳴が彼女に降り注ぐ。

 ――STOCK 2

 あの一瞬で随分と削られてしまったらしい。
 おまけに不時着したから一つ減ってギリギリだ。

 だが、俺の被害などリリクランジュの比にはならない。
 落雷の集中砲火を受け、彼女の命があっという間に減る。
 よろよろと崩れ落ち、膝をつこうとも天は許さなかった。

 頭頂部に刺さった刀が避雷針が如く、怒りをぶつける。
 俺は仰向けに倒れながら、目を閉じて密かに脱力した。

 リリクランジュを相手に真っ向勝負で勝てる気はしなかった。
 だから出した結論は”彼女の巨体を逆手に取ってやること”だ。

 子どもでも知っていることだが、雷は地面から高いところに落ちやすい。
 高い場所に集まるプラス電気と雷雲のマイナス電気が引き合うからだ。
 さらにここは雷の発生しやすい場所――湿地帯のエリアCがあった。

 俺たちは花畑に水やりをして天に水滴を届け、雲の発生を狙う。
 それが積乱雲と化すかは運次第だけど、どこか確信していた。

 リリクランジュは高い、信号機に顎が乗るくらいだ。
 しかし高いからといって必ずしも落雷するとは限らない。
 よって天高く舞い上がり、確率を上げて()()()()()()()()()

 ただ問題はあった、俺たちが生き返りできてしまう事実。
 例え落雷を与えられても、生き返って状況がリセットされる。
 だから彼女の携帯を奪い取って、強制的にSTOCK状態にした。

 勝利条件は積乱雲を見届けた上で雷の発生しやすい夕方から開始すること。リリクランジュの携帯を奪ってストック状態にすること。雷の始まる合図までリリクランジュを引き付け、湿地帯の花畑まで誘導すること。彼女の身に飛び乗り、頭頂部から天を目指して、雷を引きつけながら刀を突き刺すこと。

 あまりにも不確定要素が多く、無鉄砲で奇跡に近い計画だ。
 効果は抜群。リリクランジュは既に戦意を喪失していた。
 鳴り止まぬ雷に泣きながら身を縮めて頭を守っている。

「これで良かったのか」

 ふと、モヤモヤとした思いが音になって口を出た。
 冷徹な脳は一笑に付し、誇らしげな声色で誇る。

「間違ってない、順調だ。これで敵は消え、脱出の糸口がみえる。今更やめることも、引き止めることもできん。賽は投げられたのだ。間抜け面を晒していないで、胸を張れ」

 間違っていないのなら、この心臓を鷲掴みにされる気分はなんだ。
 吐き気を催すような感覚に胸が締め付けられ、左手でシャツを握る。

「リリクランジュなど死んで当然の人間だろう」

 誰かがそう言い訳するが、彼女の悲鳴にかき消される。

「どうして」

 リリクランジュの呟きが何倍にも膨れ上がるのを感じる。
 他の皆にも聞こえたかはわからずとも、俺の耳には入った。

「どうして、リリばっかりこんな目に……」

「俺、何してんだ」

 わからない、何が正しくて何が間違っているか。
 どこで何をしていれば今よりも良い結末となったのか。

「それでも――」

 俺は金切り声を上げて世界を呪う彼女に、背を向ける。
 落雷の麻痺がまだ抜けずに覚束なくても、一気に走った。
 激痛で思わず目を瞑った寸前、下ろした瞼に何かが映った。

『――おい、そこのおじさん』

 今よりもうんと小さく、俗にいうクソガキだった頃。
 俺は道行く人に声をかけ、よくちょっかいをかけていた。

『おじさんだよ、その小汚い』

 そこでやっと、背の高い男性が俺に目を止めた。
 待ってましたとポーズをとり、声を弾ませて叫ぶ。

『食らえ、スペリウム光線だ! ビビビビビビ!』

『ん??』

 大げさなリアクションで、「やられた~」って返しを期待した。
 ところが理解できなかったらしく、男性は首を傾げるだけだ。

『ノリ悪いぞー』

『こらっ、この子ってば本当にもう』

 乗っかってくれず不満をいうと、母さんがやってきた。
 首根っこを掴まれそうになり、慌てて逃げ回る。

『げ、妖怪お尻叩きだ。逃げろー』

 そんな場面をみてか、背の高い男性は笑顔だった。
 黒のボーラーハットを上にずりあげ、白い歯をみせる。

『What‘s おじ?』

『おじさんそんなことも知らないの? クールでナイスガイなハードボイルド中年のことだよ、ママが言ってた』

 俺の得意げな返答に、男性が口笛を鳴らす。
 結局母さんに捕まえられても、抵抗を続けた。

『デュグシ、デュグシ』

『脇腹をつつかないの』

 温かな声が胸いっぱいに満ちていく。

『こらソラ、なんでそんな悪い子になっちゃったの。お父さんの髪の毛を毟るのはやめなさい、ハゲちゃうでしょ!?』

 ――聞こえる。
 どこか悲しいような、寂しそうな……か細い声が。
 懐かしい感覚だ、俺もうんと幼い頃に似た声色を出していた。

 間違っていたとか、うじうじ悩んでいる暇があったら走れ!
 考えることなら動きならでも出来る、自身の心に従っていけ!
 自然と流れ出た涙を手の甲で拭い、ひたすら走り向かっていった。
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