第97話 すれ違い

文字数 634文字

 一日では走れる範囲が限られているが、町内から市街地を通り、身近な支持者がいる町を重点的に回ることにした。
 もし他に立候補者がいれば、運動は一週間続く。僕一人であれば、今日一日で終わる。無投票当選が決まるのだ。
 たった一日、しかも天気のよい日曜日では市外へ出かけている人も多く、前回のような熱心な反応は感じられない。一度、郊外ですれ違う車がパッシングをくれた。誰かは分からなかったが、「がんばれ」の合図であろう。
 市内各所に立つ掲示板が気になり、見かけるたびに確認してみる。何度見ても、市長選の候補者は二人であり、市議候補のほうは僕のポスターが貼ってあるだけだ。だが、夕方五時半の締め切りまでは、気は抜けない。
 高原の坂道を下りる途中で、浅田市長の車とすれ違った。お互いのウグイス嬢が「ご健闘お祈りいたします」と呼び合った。
 休憩のとき、市長のほうは車を止めて降りてきたようだと、後続の車に乗っていたノリちゃんが話していた。
 僕も降りていって握手を交わせば、ドラマティックな場面になったかもしれない。
 このすれ違いは、思いのすれ違いに似ている。どんなに親しい人でも、選挙になると人が変わってしまう姿を何度も見せられてきた。僕を応援していると言う市長も、実際に手助けしてくれるわけではない。
 自分の選挙が大切なのは当然だろう。
 ただ、僕は自分の立場を守って汲々としたくはないし、自分の利益を求め、欲をむき出しにする有権者の姿を二度と見たいとは思わない。
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