第49話 活動を星野川の外へ

文字数 716文字

 話は夏に遡る。
 星野川で人間関係を広げていくのはなかなか困難だった。一度、選挙に出て落選した人間である。落選という後ろめたさからか他人の目も気になったし、ボランティア活動に参加するにしても選挙のためにしていると言われかねない。
 そこで、まず高校時代の担任の水島先生を訪ねてみることにした。
 水島先生は旺盛な行動力を持った女性で、いろいろなまちづくりの活動に積極的だった。小柄な体格を精一杯に使って古文の品詞分解を黒板に書き、隣の教室まで響きそうな高く大きな声で教鞭を振るっていた姿が思い浮かんだ。卒業した高校は隣市にある私立の進学校であるが、市外ではあっても、先生なら何か星野川にツテがあるかもしれない。
 八月、高校はすでに夏休みに入っていた。先生の自宅に電話すると、部活で学校にいるという。星野川から車で一時間かけて、母校へと向かった。
 蒸し暑い教室で、先生はTシャツを汗だくにしながら、演劇の指導をしていた。夏の暑さにも負けない熱気のある指導は、十年を経た今も変わっていないようだ。
 部活が終わるのを待って、冷房の効いた教務課へと移った。
 選挙のことを話すと、
「なんですぐに言わんのや。星野川から通われている先生もおるし、他にも知り合いがおったのに。星野川へ行くと必ず、私のために宴会を開いてくれる居酒屋さんもあるんやで」
 と、ひどく残念がった。
 さらに、衆議院議員の佐々木という人のために選挙運動をしたこともあるという。「今度、彼を紹介してあげるわ。私に任しとき」
 小さな体で胸を張る。
「あの時の選挙は、大変やったんやでぇ」
 しみじみと武功を語る様子は、民衆を率いる自由の女神のように頼もしかった。
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