第6話 蹉跌の第一歩

文字数 824文字

 自宅のある町に事務所を開いて選挙運動を始めるために、まずは町の役員会で立候補の挨拶をさせてもらえるように申し入れた。月に一度の定例会の日、近所にある集会所で、午後七時から会合が始まる。役員全員の承諾が出て呼び出しを受けるまでのあいだ、自宅待機することとなった。
 一時間経っても、連絡は来ない。不安と緊張のために、気持ちは落ち着かなかった。夜九時を過ぎた頃、集会所から電話が入り、役員会での挨拶は取り止めとなった。
 町内から候補者が出る場合、町一体となって選挙運動をしていくために、推薦の有無が重要になる。当人の挨拶よりも、まず推薦すべきか否かが問われたようだ。東京から帰ってきたばかりで地元に馴染みのない者は推薦できないという意見だった。四年間、地区の奉仕活動に参加して、次の選挙に出てはどうかという提案もあった。
 星野川の市議会議員は、一部の政党を除いて皆、地域代表である。候補者は町内の道路や川の整備を約束し、区長から地区の推薦をもらって立候補する。そうして当選した議員に公共事業をお願いするとき、同じ町に長年暮らしてきた者のほうが、いろいろと頼みやすいのだ。
 こうして、僕は地盤を失った。
 困惑した様子で「どうする? おまえはどうしたい」と問いかける父に、「やろう。選挙運動を続けよう。最後まで、投票の結果が出るまで、やり遂げたい」と答えた。この選挙のために、故郷に戻ったのだという思いがある。そして、この財政難の時代に、一地区のためだけに議員を出していて良いのか。もっと広く星野川市全体を見渡し、自分たちの住む町を考えなければならない、そんな時代が来ているのではないか。そう、星野川に暮らす人たちに問いかけてみたいと思う。
 それでも、今住んでいる町と、全く無関係に運動することはできない。そこで、両親が所属し、定期的にバーベキューや海水浴などの親睦のイベントを行っている町内会に協力してもらって、選挙運動を続けることになった。
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