第59話 箱物

文字数 865文字

 僕は市長に、NPO活動を盛んにするために、無料で活動場所を提供してはどうかと提案した。市民活動センターとして一箇所に集中することで活動の交流拠点となり、情報や人のネットワークが広がるというのが僕の考えだったのだが、市長の答えは、農業体験施設を活用してほしいということだった。
 大きく論点がずれていた。
 地域おこしのために議員を通じて住民から求められ、建設した箱物が市内各所にある。それらはただ建てただけで、使い道に困っているものばかりだった。その農業体験施設というのも農業体験とは名ばかりで、完成から二年が過ぎた今では、そば打ちの指導とバーベキューに使用されている。もちろん赤字運営だ。潤ったのは、それを建てた建設業者だけである。
 農業体験施設は、市街地から車で三十分かかる山の中腹にある。全市的な交流の場は、市の中心部が望ましい。そこに生まれる交流の輪がやがて、町内の川や道路の整備などを求める地域住民ではなく、星野川市の将来を考え行動できる本当の意味での“市民”を生み出すものと考えるのである。
 現在の状況は、市街地より農村部のほうが一致団結して議員を送り出し、わが村のために公共事業を行わせるという傾向が強い。農業体験施設もその産物である。行政に建てさせ、せっかく村の者の働き口ができたはいいが、市から地区に運営を任された途端、維持管理の方法を見失ってしまう。何のコンセプトもなく、箱物を望んだ結果である。その意味で、市民活動の交流センターと農業体験施設は対極にあった。必要なのは、建物ではなく目的だと思う。
 戦後五十年余りのあいだに、土建国家日本で住民はおねだりをし、政治家は保身のためにばらまき、それが慢性化している。復興期は当然のことであったろうし、高度成長期にはインフラの整備は確実に経済効果を上げた。交通網が整備され、日本経済が世界の頂点に立ったとき、すべては完成した。それ以後は費用以上の経済効果を生まない事業となる。その慢性化した状態を、誰も止められなくなっている。行き着く先は、財政破綻だろうか。
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