第16話 友の離反

文字数 560文字

 佐久ちゃんの家を、もう一度訪ねた。町内会が頼りにならない分、同級生で支援組織ができないかと考えていた。その相談をするつもりであった。
 今の後援会の状況を説明するあいだ、佐久ちゃんは下を向き、ずっと黙ったままだった。居間に並んだ夫婦二人は、どこか気まずそうな様子である。ようやく佐久ちゃんは重い口を開くと、親会社である建設会社の息子が市議会議員に立候補するため、その人を応援することを告げた。
 呆然として、返す言葉もなかった。
「愛想よく、自分らにも『ご苦労様です』て挨拶してくれるんや」
 二十五歳の候補について、佐久ちゃんは言い訳のように自慢する。ただ裏切られた寂しさがあるだけで、責める気持ちは起きなかった。
「愛想いいのはいいなぁ。僕なんか笑うのもぎこちないでな。ポスターの写真撮るのも苦労したんや」
 苦笑するのが、精一杯だった。
「私も職場で頼まれた人がいて、その人を応援せなあかんで。ごめんのぉ」
 良美さんが追い討ちを掛ける。節目がちにではあるが、さも当然であるかのような口ぶりである
 居たたまれず、十五分ほどで家を出た。その日は久しぶりに晴れ、昼のあいだに道路の雪はとけていた。街灯に照らされ、雪どけ水に濡れたアスファルトが黒く光っている。
 引きずる長靴は重く、家までの道のりが遠く感じられた。
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