第74話 選挙運動開始

文字数 564文字

 四月十五日、二年間勤めた会社を辞めた。
 一ヶ月前に退職願を提出している。そのとき、広告企画室の室長は、開口一番「選挙か」と言った。入社当初から、いつかまた選挙に出るものと疑われていたのかもしれない。
「まぁ、理由は聞かないけどな。うちの会社も引き止めるだけの余裕はないから」
 室長の言葉に、思わず苦笑しながら
「一身上の都合ですよ」
 とだけ答えた。
 退社の翌日、田村係長と平山さんに立候補の挨拶をするため、市役所に出かけた。社会教育課を訪ねると、平山さんは外出しており、田村係長は会議の準備のために別室にいた。
 会議室に向かう途中、廊下で椅子を運んでいる田村さんに行き会った。
「おーっ、ひさしぶり、倉知さん。どうしたん」
「今度の補欠選挙に立候補します。その御挨拶に来ました」
「そお! やっぱり出るんか。がんばっての。応援してるで。わざわざありがとうの」
 会議の準備で慌しい田村さんに挨拶だけ済ませた。こうして選挙運動の第一歩は、市役所から始めた。ここから、僕が立候補するという話がいち早く広まっていくだろう。
 今回の補欠選挙で当選しても、すぐに翌年二月の本選挙を迎えることになる。八ヶ月の任期のために、誰も補選で選挙戦をしようとは思わない。立候補の噂が広まることで、対立候補の出馬への牽制策となるのである。
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