第24話 獅子身中の虫たち

文字数 732文字

 月曜日、車は区画整理で新しく造成された町を走っていた。
 雪道を自転車で走るおばさんの横をゆっくりと通りすぎる。
「よろしくお願いします」
 声をかけると、おばさんは自転車を止めた。
「あんた早稲田やな。がんばってな、応援してるで!」
 新しくできた町では、古い町内意識が薄く、若さや学歴も評価の対象になるようだ。
 次に昔ながらの商店街を通ったとき、道端で立ち話をしていたおばさん二人を見つけ、すばやく車を降りた。
「よろしくお願いします」
 笑顔で握手を求めた。
「浩一ちゃんから聞いてるで」
 右側の女性の表情が、凍りついた雪道のように冷たく硬かった。
 浩一ちゃんというのは、事務所で禿げ頭に汗を流しながら「町内のために何をしてくれるんや」と責めた郵便局員のことで、この場合の「聞いてる」というのは「頼まれている」という意味なのだが、僕自身の選挙運動の統計から判断して、この反応は明らかに不支持だった。
 支持しないというのは無関心とは異なり、別の誰かを応援しているか、ただその候補者が個人的に嫌いだということであり、少なからず落選を望み、できれば悪い噂を流して足を引っ張ってやりたいという立場だ。
 冷たい表情と力のない握手が、それを物語っていた。
 どうやら後援会内部には、複数の敵がいるようだ。
 選挙運動をすると、人の気持ちが見えてくる。三ヶ月余りの間に、多くの人に会い、支持、不支持、無関心という、それぞれの反応を数多く見続けているために、統計的に相手の態度から気持ちが読めるようになってきている。これは自然に身についてくる感覚であり、また選挙の時にだけしか相手の反応が現れてこないが、うまく説明できないけれど、かなりの確率で合っていると思う。
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