第89話 逆の噂

文字数 790文字

 選挙運動に回るうちに、ある噂を聞くようになった。市長選に出たがっている人がいるが、出馬を押さえられているというものだ。それが、市議会議員をしている笠島という人であるらしい。
 また、坪田さんが立候補しないという噂も出ていた。地区も水の会も推薦しないためだという。「本人が『やめた』言うとる」と噂する人までいた。
 天神町のおじさんと一緒に、天神通りを挨拶に回っていた時のことである。そのすぐ隣の町に、坪田さんは住んでいる。
 おじさんが、自転車のおばさんを呼び止めた。
「今度うちの甥っこが立候補するで、よろしく頼むの」
「大丈夫や。選挙にはならんで。あんなもん選挙出れんで」
「いや、こればっかりは分からんでの。ようお頼みしとかな」
「今度は当選するで。大丈夫や。がんばっての。応援しとるで」
 地元の情報は確かであろう。地盤がないのだ。二年前に引っ越したばかりの坪田さんは、地元に根づかないまま立候補したことで、町内の反発を買ったのだ。三年前の自分の姿と重なった。
 同じ町内で、もっと詳細な噂があった。地区も水の会も推薦しないことを決めた裏事情についてである。
 水の会の代表に、坪田さんを嫌う近所の人が「なんで、あんなもんを推すんや」と抗議の電話をかけたという。代表は、「年明けに、彼女が地区の推薦をとってあるから、うちにも協力してほしいと言って来たのです」と答えた。坪田さんは五月の連休中に、区長を訪ね、「自然の会からも推薦を受けているから、町内にも推薦してほしい」と頼んでいた。日頃、仲の悪かった隣人の抗議電話から嘘が判明し、すべての支持基盤を失ったのである。
 それ以前に、推薦を頼まれた区長が役員会を開き、多数決を取ったところ、賛成は二十人中ゼロであった。抗議の電話がなくても、実際は地区の推薦が取れていないのだから、結局どこかで嘘が露見してしまったはずである。
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