その④
文字数 1,901文字
「お、おのれぇぇ……奇妙な術を使いおってぇぇ!!」
地獄の底から這いでるような声。
そうとしか表現できない叫び声が鼓膜を刺激した瞬間、シェリルはまたしても心身を硬直させた。
「う、嘘でしょう……!?」
やがて砂埃の隔壁を突き破ってきたカルマンの姿を視認したとき、キリコはわずかに目を細め、シェリルは驚愕のあまり顔をひきつらせた。
カルマンの顔が消えていたのだ。
聖光砲の一撃によって顔の皮膚や頭の毛髪がはがれ、血まみれの肉と骨とが面上にむきだしになっていたのである。
醜悪という表現にたるその姿は、さながら埋葬して時間の経った屍体のようであった。
さらにシェリルを蒼白にさせたのは、ありえない角度にねじまがった頭である。
頸骨が折れているのか、歩を進めるたびに頭が右に左にふらふらとぐらついている。
激情のあまり気づいていないのか、それとも不死の肉体ゆえに気にならないだけなのか。
カルマンは折れまがった首を、戻すそぶりすら見せずに歩を進めている。
「あ、あれで、どうして生きていられるのよ!?」
不死身の怪物ということはシェリルもすでに承知してはいるが、それでもこうも「極めつけ」の姿を見せつけられると、つい疑問の声を漏らしてしまうのだった。
「あのていどのことは、まだ驚くに値しない。問題はここからさ」
「ま、まだ、なにかあるの!?」
「ああ、すぐにわかる」
キリコは視線を転じ、シェリルもそれにならった。
二人が視線を走らせた先で、カルマンは屍体のような姿で激情に狂って――いなかった。
憤怒の態で猛然と襲いかかってくるかと思われたが、露台へと通じる大窓の前で立ち止まったまま、その方向に視線を固定させていたのだ。
カルマンは見たのだ。月光に照らしだされた自分の姿を。
ガラス窓に映る、奇怪にねじまがった自分の頭を。
皮膚と毛髪を失い、肉と骨とがむきだしになった屍体のような自分の顔を。
その醜悪きわまる容貌には、かつて宮廷にあって白皙端整な容姿で貴婦人たちのため息を誘った貴公子の面影は、もはや片鱗も残っていなかった。
「こ、これが私の……私の顔だというのか……!?」
カルマンは戦いの最中ということも忘れて呆然と立ちつくし、唇を震わせてあえいだが、言葉になっていたのもそのあたりまでだった。
唇とあごは動いてはいたが言葉はなく、ただ歯ぎしりとうめきだけがその歯間から漏れていた。
やがてガラス窓に映る醜悪な容貌の所有者が自分自身であることを受容れたとき、カルマンの中で決定的な「なにか」が音もなく爆ぜた。
爆ぜると同時に加害者たるキリコへの、底知れない激情の咆哮がその口から噴きあがった。
「赦さぬぞ、貴様ぁぁーっ!!」
一瞬、カルマンは両腕を頭上に突きあげた。その身に異変が生じたのは直後のことだ。
突然、こぶし大の奇怪な肉こぶが、顔面をはじめとする全身のいたる所で発生したのだ。
ボゴボゴと不気味な異音を響かせながら体面上でうごめき、盛りあがり、かと思えばすぐに縮み、また盛りあがるという動きをくりかえす。
無秩序な筋肉の暴走。そうとしか表現できない肉体の異変は、やがて身体の膨張へと移行した。
頭、胴体、そして四肢。
身体のあらゆる部分が筋肉の暴走と連動するように太くなり、長くなり、厚くなり、皮膚の変色をともないながらみるみる巨大化していく。
急激な肉体の変化に耐えきれず着ていた礼服の縫い目がはじきとび、生地が悲鳴もろともひき裂かれ、ちぎれとんだ繊維が宙空をただよった。
「な、なにあれ? 身体が大きくなっていく……」
シェリルの声は恐怖というよりも、むしろ驚嘆の響きにみちていた。
むろんカルマンの身に生じた奇怪な異変に恐怖しているのだが、あまりに非現実的な光景に直面して自分自身を納得させるのに苦労しているようだった。
「あれは超魔態(アウゴエイディス)だ」
「超魔態(アウゴエイディス)?」
「そう。簡単にいえば変身するということだ。《御使い》の真の姿にな」
意味がわからず沈黙を守るシェリルに、さらにキリコが言う。
「人間の姿など《御使い》にとっては仮面でしかない。これから見る姿こそ、人外の魔人に転生したカルマン卿の本当の姿だ」
シェリルは黙したまま視線を転じ、そして息を呑んだ。
異形の姿に変貌しようとしているカルマンが視線の先にいたのだ。