その①
文字数 1,229文字
シェリルにキリコのような人ならざる気配を敏感に感じとる能力があれば、カルマンの発するまがまがしい殺気をうけて卒倒したかもしれない。
だがそのような能力がなくとも、薄闇の中を伝わってくる異様な気質を感じとるのは容易であった。
広間の床をゆっくりと歩を進めてきたカルマンが自分に視線を投げてきたとき。
とっさにキリコの背中に身を隠したのは人間がもつ本能というものであろう。
「ふん、奇妙な気配を感じたので足を運んでみれば、まだ生存者がいたとはな。この様子だと屋敷内にまだ隠れておるやもしれんな」
カルマンは唇をゆがませて冷笑すると、ゆっくりとキリコに視線を転じた。
「それで、赤い髪の君は何者かな? 舞踏会の客でないのはわかるが、見たところ屋敷の使用人でもなさそうだ。今宵の舞踏会を聞きつけて盗みに入りにきた、招かれざる盗人の類かな?」
カルマンの嘲弄を、キリコは冷笑をもってうけとめた。
「招かれざる客はおたがいさまだろう、カルマン卿。今宵の舞踏会にあなたを招待した憶えがあるかどうか、手もとの夫妻に訊いてみたらどうだ?」
「……夫妻?」
一瞬、シェリルは困惑の視線をキリコの顔に注いだ。
キリコが発した言葉の意味を理解しそこねたのだ。
わずかな間をおいた後、シェリルはある種の不安に胸膈をざわめかせながらも、カルマンの手もとに視線を走らせた。
薄闇の中に立つカルマンは、左右の手それぞれになにかを持っていた。
サーベルらしきものを右手に持っていることはすぐにわかったが、左手に持っている、というよりぶらさげているものがなにかわからない。
目を凝らして見つめることしばし。その正体をようやく知ったとき、シェリルはあやうく卒倒するところだった。
首から断たれた人間の頭――ジェラード侯爵とエリーシャ夫人の生首だった。
それをカルマンは、髪の毛を鷲づかみにして左手に持っていたのだ。
自分が舞踏会場から逃げだした後、カルマンとジェラード侯爵との間にどのようなことがあったのか。シェリルには容易に想像がつく。
人ならざる怪物ということも知らずにカルマンを捕殺しようとして、当然のごとく返り討ちにあったのだろう。
夫人のほうは言わずもがな、夫の「とばっちり」をうけて殺されたこと疑いなかった。
とっさに口を両手でおさえて悲鳴と嘔吐を必死にこらえるシェリルをよそに、カルマンは愉快げな笑声をあげた。
「そうしたいのはやまやまだが、敬愛する侯爵閣下はなにを話しかけても応えてくれぬ。招待状もなしに舞踏会に押しかけたのがよほどご立腹とみえる」
「たしかに逃亡中の手配犯に押しかけられては、ジェラード侯爵でなくても迷惑に思うでしょうな」
「黙れっ、下郎!」
にわかにカルマンが激高した。
その面上には、すでに怒気が蒸気のようにゆらいでいる。