その④
文字数 1,305文字
ダーマ神教を国教と定める【教圏国】の一国たるバスク王国は、教圏南方帯に位置する国である。
そこに住む国民は老人から幼子まで、教義上における唯一絶対の神である万物の創造主ダーマへの信仰が厚く、そして強い。
むろん、それは他の教圏国も同様であるが、とりわけバスク王国は「神聖王国の模範的君主」と讃えられる国王ハルシャ三世による厳格な治世の下、教義で定められている朝夕二回の祈りはもちろん、七日に一度おこなわれる教会での聖儀式を欠かす国民は国内に一人としていないと謳われるほどで、その信心深い国民性は教圏世界に広く知れ渡っていた。
そんな敬虔なバスク国民が自らの信仰心の拠り所としているのが、国都ドレンフォーラに拠をおくバスク第一教会である。
バスク国内における布教活動の本拠であるこの教会は、市街地の中心部からやや西に寄った高台の上に建ち、五十万都市である国都の主要部を四方に見はるかすことができて眺望がすばらしい。
創建から三百年を数える歴史ある教会堂建築物として知られ、花崗岩とオーク材とによって築かれたその建物は、外観内装ともに華美さこそないものの見るからに堅牢である。
その教会内の一室。
古びたランプが唯一の光源の明るさに欠ける部屋の中で、黒を基調とした祭服姿の人物が一人、深夜にもかかわらず静かに机と向かいあって忙しくペンを走らせていた。
それは銀色の頭髪を持つ中年の男性で、浅いしわが刻まれた温雅そうなその顔だちには、奥深い豊かな知性のようなものが感じられた。
第一教会の代表司祭、ルシオン大司教である。
この年、五十歳になるルシオン大司教は、第一教会の代表とバスク国教会の総長を兼務するダーマ神教の高位司教で、国内に点在する大小三十余りの教会とそこに勤める聖職者たちを統べる人物である。
神学校の教師を務めたこともある学者肌の司教で、これまでの実績から総本山たる教皇庁の幹部司教に就く日も間近とされているが、本人は自身の出世には関心がないらしく、あくまでも寡黙に日々、教会の長としての勤めに励んでいた。
この日も早朝から教会の職務に精を出し、夜は夜で早めの夕食をとった後はすぐに自身の執務室にこもり、山のように積まれた仕事の決裁に没頭していたのだが、まもなく日付も変わろうとしていた時分、ペンを走らせるその手がふいに止まった。
何者かによって執務室の扉が慌ただしく叩かれたのだ。
ノックの残響が消えぬうちに室内に飛びこんできたのは、教会に勤める部下の一人のリンツ司祭であった。
薄いそばかす顔が印象的なリンツ司祭はルシオン大司教の神学校時代の教え子の一人で、地方教会を経て昨年、この第一教会に赴任してきた。
以来、ルシオン大司教の側近として公私両面で忠実に仕えている。
まだ二十四歳という若さゆえか、胆力の劣るところや融通の利かない面はあるものの、実直で勤勉で人柄もよく教徒たちからの評判もよい。
そのリンツ司祭がどういうわけか血相をかえて、大司教の執務室に飛びこんできたのである。
「げ、猊下、大変にございます!」