その⑨
文字数 1,582文字
今宵、何度目かとなる「峻烈な静寂」が広間内をつつみこんだ。
カルマンの語調がごくさりげないものであったため、発した言葉がもつ意味の重大さを貴族たちはとっさに理解できなかったのだ。
ややあって、言葉の意味が正確に貴族たち一人一人の脳裏に染みわたったとき。彼らの面上に広がったのは、もはや驚きや困惑といった単純な感情ではなかった。
戦慄、畏怖。そして恐怖――。
外戚の貴族が主君の弑逆を企て、娘婿である第一王子がそれに加担する。
陰謀、奸計、醜聞、中傷が渦をまく貴族社会が当然のように生きている彼らですら、長子と外戚による国王謀殺計画の「真相」を聞かされては、平静を保つのは不可能だった。
そんな貴族たちの心情を敏感に感じとったのであろう。
バスク貴族の盟主と謳われる貴族は、声に一割の怒りと九割の虚勢をこめてわめいた。
「だ、黙れ、なにを言うか、この痴れ者がっ! いったい、なんの証拠があってそのような恐ろしい妄言を口にするかっ!?」
「ほう、妄言ときたか」
カルマンは興がった表情を浮かべ、赤い舌で唇を舐めた。
「ならば見るがよい、侯爵。貴様が呼び集めた貴族たちの顔を。このカルマンが根拠のない妄言を並べたてているかどうか、よくわかるはずだ」
その一語にジェラード侯爵ははっとして周囲を見わたした。
疑念と不審に満ちた表情の貴族たちに気づいたのは直後のことである。
否、侯爵に向けられている彼らの表情は、もはや疑念や不審の類ではなく、あきらかに「断定」をしているそれであった。
そのことがジェラード侯爵の目にもあきらかだったので、たちどころにその顔が狼狽にひきつった。
「ば、ばかな、妄言だ。す、すべてこの男のいつわり……!?」
言葉になっていたのはそのあたりまでで、あとはたんなるあごの運動でしかなかった。
血色を失った面上で唇は上下左右に動いてはいたものの、声らしきものはまるで聞こえない。
かわりに広間の空気を微動させたのは、カルマンの高く通った笑声だった。
「表情は人の心を映す鏡というが、まさにそのとおりですな、侯爵。彼らの顔を見るがいい。やはりそうだったのかと無言で納得していますよ。ハッハッハ!」
「だ、黙れ、黙らんか、この痴れ者がっ!!」
完全に逆上したジェラード侯爵は、怒りに血ばしった眼光をヒステリックな声もろとも広間の隅に投げつけた。
待機しているというよりは、無為に立ちつくしている屋敷の警備兵の姿がそこにある。
邸内の警備とあって兵士たちは皆、甲冑ではなく黒の礼服を着用していたが、その腰に帯びた長剣が彼らが兵士であることを証明していた。
「ええい、警備兵よ、なにをしておるか。ここにいるのは国王陛下の弑逆を企てた悪逆な手配犯ぞ。はやく取り押さえ……」
言いさして言葉をのみこんだジェラード侯爵は、より苛烈な命令を兵士たちに下した。
「いや、斬れ。この男を斬りすてるのだっ!」
悲鳴にも似た主人の命令が鼓膜を刺激すると、それまで事態を黙して見守っていた警備兵たちはようやく自分たちの存在意義を思いだし、いっせいに動きだした。
床を蹴って演壇の前に駆けつけ、たちまち半包囲すると次々に腰の剣を鞘走らせた。
抜剣の手際といい、剣をかまえる姿勢といい、いずれの兵士も相当な剣手であることをうかがわせたが、そんな兵士たちに包囲されても壇上のカルマンにたじろぐ様子は見られない。
むしろ興がった薄笑いすらその顔には浮かんでいた。
「貴様にも教えてやるぞ、ジェラード。絶望の中で死んでいく恐怖というものをな」
灼熱の光を両目にたたえながら、カルマンはゆっくりと壇上から降りはじめた……。
カルマンの語調がごくさりげないものであったため、発した言葉がもつ意味の重大さを貴族たちはとっさに理解できなかったのだ。
ややあって、言葉の意味が正確に貴族たち一人一人の脳裏に染みわたったとき。彼らの面上に広がったのは、もはや驚きや困惑といった単純な感情ではなかった。
戦慄、畏怖。そして恐怖――。
外戚の貴族が主君の弑逆を企て、娘婿である第一王子がそれに加担する。
陰謀、奸計、醜聞、中傷が渦をまく貴族社会が当然のように生きている彼らですら、長子と外戚による国王謀殺計画の「真相」を聞かされては、平静を保つのは不可能だった。
そんな貴族たちの心情を敏感に感じとったのであろう。
バスク貴族の盟主と謳われる貴族は、声に一割の怒りと九割の虚勢をこめてわめいた。
「だ、黙れ、なにを言うか、この痴れ者がっ! いったい、なんの証拠があってそのような恐ろしい妄言を口にするかっ!?」
「ほう、妄言ときたか」
カルマンは興がった表情を浮かべ、赤い舌で唇を舐めた。
「ならば見るがよい、侯爵。貴様が呼び集めた貴族たちの顔を。このカルマンが根拠のない妄言を並べたてているかどうか、よくわかるはずだ」
その一語にジェラード侯爵ははっとして周囲を見わたした。
疑念と不審に満ちた表情の貴族たちに気づいたのは直後のことである。
否、侯爵に向けられている彼らの表情は、もはや疑念や不審の類ではなく、あきらかに「断定」をしているそれであった。
そのことがジェラード侯爵の目にもあきらかだったので、たちどころにその顔が狼狽にひきつった。
「ば、ばかな、妄言だ。す、すべてこの男のいつわり……!?」
言葉になっていたのはそのあたりまでで、あとはたんなるあごの運動でしかなかった。
血色を失った面上で唇は上下左右に動いてはいたものの、声らしきものはまるで聞こえない。
かわりに広間の空気を微動させたのは、カルマンの高く通った笑声だった。
「表情は人の心を映す鏡というが、まさにそのとおりですな、侯爵。彼らの顔を見るがいい。やはりそうだったのかと無言で納得していますよ。ハッハッハ!」
「だ、黙れ、黙らんか、この痴れ者がっ!!」
完全に逆上したジェラード侯爵は、怒りに血ばしった眼光をヒステリックな声もろとも広間の隅に投げつけた。
待機しているというよりは、無為に立ちつくしている屋敷の警備兵の姿がそこにある。
邸内の警備とあって兵士たちは皆、甲冑ではなく黒の礼服を着用していたが、その腰に帯びた長剣が彼らが兵士であることを証明していた。
「ええい、警備兵よ、なにをしておるか。ここにいるのは国王陛下の弑逆を企てた悪逆な手配犯ぞ。はやく取り押さえ……」
言いさして言葉をのみこんだジェラード侯爵は、より苛烈な命令を兵士たちに下した。
「いや、斬れ。この男を斬りすてるのだっ!」
悲鳴にも似た主人の命令が鼓膜を刺激すると、それまで事態を黙して見守っていた警備兵たちはようやく自分たちの存在意義を思いだし、いっせいに動きだした。
床を蹴って演壇の前に駆けつけ、たちまち半包囲すると次々に腰の剣を鞘走らせた。
抜剣の手際といい、剣をかまえる姿勢といい、いずれの兵士も相当な剣手であることをうかがわせたが、そんな兵士たちに包囲されても壇上のカルマンにたじろぐ様子は見られない。
むしろ興がった薄笑いすらその顔には浮かんでいた。
「貴様にも教えてやるぞ、ジェラード。絶望の中で死んでいく恐怖というものをな」
灼熱の光を両目にたたえながら、カルマンはゆっくりと壇上から降りはじめた……。