その②
文字数 1,754文字
「こっちだ、早く来い!」
怒号にも似た声が重なるようにとどろき、それと連なるように広間の扉があいついで開いた直後、広間内に床を踏みならす革靴の音が響いた。
不審者侵入の急報をうけて、屋敷内に詰めていた警備の兵士が各所から駆けつけてきたのだ。
その数、五十人。
壇上前に駆けつけるやいなや、ほぼ同時分にその壇上から降りてきたカルマンをたちまち礼服と剣刃の包囲網に閉じこめた。
その中心には悦に入った表情のジェラード侯爵の姿がある。
たった一人に大仰な、と周囲の貴族たちは思わないでもなかったが、兵士らを呼びよせたジェラード侯爵の顔は真剣そのものである。
カルマンを生かして捕らえるつもりなどないことは、誰の目にもあきらかだった。
「飛んで火にいる夏の虫とは、まさに貴様のことだな、シャラモンのせがれよ。どうやってこの屋敷に忍びこんだかは知らぬが、ちょうどよいわ。その首を刎ねて、国王陛下のもとに持参してやるわ」
命乞いなどしても無駄だぞ。ジェラード侯爵は暗にそう言ってのけたのだが、それに応えたのは助命懇願の悲痛な声ではなく、嘲笑にも似た薄笑いだった。
「で、私の生首を手土産に、ウォレス王子の即位を国王に嘆願するというわけですか。みあげた執念ですな、侯爵閣下」
「ほざくなっ!」
殺れっ! 殺気をこめた声でジェラード侯爵が命じると、まず包囲網の最前列にいた二人の兵士が動きだし、左右からカルマンめがけて強烈な剣撃を打ちこんでいった。
踏みこみの速さといい、振りの苛烈さといい、兵士たちの剣はまさに必殺の一撃というべきものだったが、この直後、カルマンに迫った二人の兵士は信じられない光景を目のあたりにした。
肩口めがけて打ちこんでいった二本の剣刃を、カルマンがこともなげに素手でつかみとめたのだ。
その瞬間、刃を掴み止めた掌の皮膚と肉とが裂け、たちどころに鮮血の飛沫が噴きだして足下の床を朱色に染めあげたが、当のカルマンの顔に苦痛のゆがみのようなものは微塵もない。
それどころか愉悦めいた薄笑いすら浮かんでいた。
二人の兵士は目の前の光景におもわず声を失い、心身を硬直させたが、後背から飛んできた主人の怒号が兵士たちをその硬直から解放させた。
「なにをやっている、さっさとそいつを殺さんかっ!」
貴顕の仮面を投げすてたジェラード侯爵の怒号に、兵士たちは烈しい焦りに駆られた。
役に立たぬとみなされたら最後、もはやこの屋敷に自分たちの居場所はなくなる。
主人の冷淡で酷薄な為人を承知しているだけに、二人の兵士は狼狽しつつも再度の攻撃に移るため、カルマンの手から剣を引き離しにかかった。
ところが兵士たちがどんなに力をこめて剣を押し引いても、カルマンに握られた剣刃はぴくりともしなかったのだ。
信じられないほどの握力であった。
「な、なんだ、こいつは!?」
「ふん、たわいもない」
冷笑まじりのこの一語が、二人の兵士がこの世で聞いた最後の人語となった。
握られていた剣刃はふいに解放され、ほぼ同時に宙空を一閃したカルマンの横殴りの一撃が兵士たちの頭に炸裂し、彼らの首を一瞬にして胴体から吹き飛ばしたのだ。
胴体より引き離された二個の生首は、噴血をまきちらしながら広間の宙空に放物線を描き、ほどなく床に落下してその上を音をたてて転がった。
ジェラード侯爵をはじめとする貴族たちは、自分たちの足下を転がっていく兵士の生首を喪心したような目で見守っていた。
現実ばなれした光景に直面して、思考が瞬間的に麻痺してしまったのだ。
ややあって彼らの思考と精神が正常を回復したとき、今度は狂ったような悲鳴が広間にとどろいた。
腰をぬかす者、卒倒する者、中には恐怖のあまり失禁する者までいた。
そんな貴族たちの姿をカルマンは無言で、だが、悪意にみちた目で眺めやった。
ぶざまな、貴族とあろう者がとり乱しおって。声には出さずそう嘲笑すると、カルマンは冷ややかすぎる視線を貴族の一人に固定させた。
卒倒も失禁もしていないが、惚けたように立ちつくす屋敷の主人に……。