その⑧
文字数 1,549文字
「あなた、教皇庁のお役人さんなの?」
「……お役人?」
シェリルの意外な一語にキリコはおもわず苦笑を漏らしたが、たしかに「宮仕え」には違いはないので、苦笑しつつも首肯してみせた。
「うん。まあ、似たようなもんだ」
「そ、そうなの……」
つぶやく声に安堵の息がまじる。
そのシェリルに、今度はキリコが訊ねた。
「ところで、君は?」
「わ、私はシェリル、シェリル・ランフォード。エルデイ領主フランツ・ランフォード男爵の娘よ」
「へえ、諸侯のお嬢さまってわけか」
応じたその声には、彼女の身分に意外さを禁じえない心情の響きがあったが、そのことにシェリルは気づかなかった。
「じゃあ、シェリル。ここでなにが起きたか話してくれるかな。もっとも……」
キリコは血で赤く染まったシェリルのドレスに視線を落とし、
「君のその姿を見れば、おおよそのことはわかるけどね」
「……そ、そうだわ!」
キリコの一語で自分がおかれている現状を思いだしたシェリルは、今宵、この屋敷で自身が体験したことを事細かに話しはじめた。
家族とともにジェラード侯爵主催の舞踏会に参加したこと。
その最中に、手配犯であるカルマン・ベルド卿が突如、屋敷にあらわれたこと。
先の国王弑逆未遂事件の真犯人が、ウォレス第一王子とジェラード侯爵であったと暴露したこと。
屋敷の警備についていたジェラード侯爵の私兵たちが、突然、舞踏会に参列していた貴族たちを襲ったこと。
そして、自分の家族もその巻きぞえとなって殺されたこと……。
その中でもとくにキリコの強い関心を誘ったのは、カルマンの「不死身ぶり」についてのくだりだった。
「剣や弓矢で斬られたり射ぬかれたりしたのに、あのカルマンという人は平然としていたわ。嘘だと思うかもしれないけど、すべて本当の話よ!」
穏やかな微笑がそれに応えた。
「もちろん信じるよ。というか、俺にもわかっているから」
「わかっている?」
「ああ。カルマン・ベルドという人物が、人間の姿をした化け物ということがね」
「よ、よかった。信じてもらえて……」
シェリルはほっと息を漏らしたが、すぐにはたと気づいた。
実際に目の当たりにした自分ですら荒唐無稽としか思えない話を、なぜこのキリコという若者は疑うことなく素直に信じてくれたのだろうかと。
その疑問が、さらに別の疑問をシェリルの脳裏に喚起させた。
その場に居合わせたわけでも直接見たわけでもないのに、どうしてカルマン卿が「怪物」であることを知っているのだろうか、と。
ひとつ息をのみ、シェリルはおそるおそる問いなおした。
「いったいなんなの、あのカルマンという人は。あなたは知っているんでしょう?」
いちおうはね、と、キリコはうなずいてみせたが、それだけでは不十分であることをシェリルの表情が訴えている。
シェリルを見つめるキリコの顔には、これ以上口にすべきかどうかをためらう心情が浮かんでいたが、それも長いことではなく、意を決したようにキリコは口を開いた。
「カルマン卿の正体は《御使い》だ」
「《御使い》?」
誰の? という、さらなる疑問をシェリルが口にするよりも早くキリコが語をつないだ。
「そうだ。おそらくはこの教圏世界が誕生する以前から存在していたと思われる、人間の姿をした悪魔のことだ。そして君たちを襲ったという侯爵の私兵は、そのカルマン卿によって生命を奪われたあげく、あらたに闇の生命を吹きこまれた屍生人(グール)だ」
キリコの口にした意外な固有名詞に、シェリルはおもわず目をみはった。
「……お役人?」
シェリルの意外な一語にキリコはおもわず苦笑を漏らしたが、たしかに「宮仕え」には違いはないので、苦笑しつつも首肯してみせた。
「うん。まあ、似たようなもんだ」
「そ、そうなの……」
つぶやく声に安堵の息がまじる。
そのシェリルに、今度はキリコが訊ねた。
「ところで、君は?」
「わ、私はシェリル、シェリル・ランフォード。エルデイ領主フランツ・ランフォード男爵の娘よ」
「へえ、諸侯のお嬢さまってわけか」
応じたその声には、彼女の身分に意外さを禁じえない心情の響きがあったが、そのことにシェリルは気づかなかった。
「じゃあ、シェリル。ここでなにが起きたか話してくれるかな。もっとも……」
キリコは血で赤く染まったシェリルのドレスに視線を落とし、
「君のその姿を見れば、おおよそのことはわかるけどね」
「……そ、そうだわ!」
キリコの一語で自分がおかれている現状を思いだしたシェリルは、今宵、この屋敷で自身が体験したことを事細かに話しはじめた。
家族とともにジェラード侯爵主催の舞踏会に参加したこと。
その最中に、手配犯であるカルマン・ベルド卿が突如、屋敷にあらわれたこと。
先の国王弑逆未遂事件の真犯人が、ウォレス第一王子とジェラード侯爵であったと暴露したこと。
屋敷の警備についていたジェラード侯爵の私兵たちが、突然、舞踏会に参列していた貴族たちを襲ったこと。
そして、自分の家族もその巻きぞえとなって殺されたこと……。
その中でもとくにキリコの強い関心を誘ったのは、カルマンの「不死身ぶり」についてのくだりだった。
「剣や弓矢で斬られたり射ぬかれたりしたのに、あのカルマンという人は平然としていたわ。嘘だと思うかもしれないけど、すべて本当の話よ!」
穏やかな微笑がそれに応えた。
「もちろん信じるよ。というか、俺にもわかっているから」
「わかっている?」
「ああ。カルマン・ベルドという人物が、人間の姿をした化け物ということがね」
「よ、よかった。信じてもらえて……」
シェリルはほっと息を漏らしたが、すぐにはたと気づいた。
実際に目の当たりにした自分ですら荒唐無稽としか思えない話を、なぜこのキリコという若者は疑うことなく素直に信じてくれたのだろうかと。
その疑問が、さらに別の疑問をシェリルの脳裏に喚起させた。
その場に居合わせたわけでも直接見たわけでもないのに、どうしてカルマン卿が「怪物」であることを知っているのだろうか、と。
ひとつ息をのみ、シェリルはおそるおそる問いなおした。
「いったいなんなの、あのカルマンという人は。あなたは知っているんでしょう?」
いちおうはね、と、キリコはうなずいてみせたが、それだけでは不十分であることをシェリルの表情が訴えている。
シェリルを見つめるキリコの顔には、これ以上口にすべきかどうかをためらう心情が浮かんでいたが、それも長いことではなく、意を決したようにキリコは口を開いた。
「カルマン卿の正体は《御使い》だ」
「《御使い》?」
誰の? という、さらなる疑問をシェリルが口にするよりも早くキリコが語をつないだ。
「そうだ。おそらくはこの教圏世界が誕生する以前から存在していたと思われる、人間の姿をした悪魔のことだ。そして君たちを襲ったという侯爵の私兵は、そのカルマン卿によって生命を奪われたあげく、あらたに闇の生命を吹きこまれた屍生人(グール)だ」
キリコの口にした意外な固有名詞に、シェリルはおもわず目をみはった。