その③
文字数 1,713文字
その公爵を見つめるカルマンの唇が悦にゆがんだ。
「どうしました、侯爵。私の首を持参して国王に誉めてもらうのではなかったのですかな。あいにくと先に生首となったのは、あなたのまぬけな部下のほうでしたがね」
「……お、おのれぇ……言わせておけばっ!」
惚けた態から一転、聴覚と精神を刺激した冷ややかな声音にジェラード侯爵は怒りに歯を噛みならし、あらためて兵士たちに叫んだ。
「なにをしているのだ、お前たち! 早くその男を殺さぬかっ!!」
侯爵のヒステリックな怒号に鞭うたれた兵士たちは、顔を見交わした後、行動に出た。
弓矢を手にした弓箭兵が最前に飛びだし、カルマンめがけて矢を斉射したのだ。
弦の鳴り響く音が連鎖し、あわせて十本の矢が広間の宙空を一閃した。
矢の雨は的確に標的たるカルマンをとらえ、うち一本が眉間をつらいてカルマンを即死にいたらしめた――はずであった。
ところがカルマンは、絶命するどころか薄笑いを浮かべながら眉間に深々と突きたった矢を握りしめ、直後、こともなげに抜きとったのだ。
矢傷からは視野を翳らせるほどの噴血が生じたが、その出血はすぐに止まった。
眉間に穿たれた矢傷が急速に収縮し、傷口を完全にふさいだのである。
現実とは思えぬ異様な光景に呆然とする弓箭兵たちを横目で見やった後、カルマンは自ら抜きとった矢に視線を落とした。
恍惚という表現にたる目つきだった。
「すばらしい……これが不死の肉体というものなのか?」
「……ば、怪物だっ!」
ふいに誰かが叫んだ。それが狂乱劇の引き金となった。
貴族という貴族が悲鳴をはりあげながら広間内を駆けだしたのだ。
まるで蟻の子を散らしたかのようなその無秩序な動きに、テーブルが倒れ、椅子がひっくりかえり、料理が散乱し、食器類が宙空を乱舞する。
まさに狂乱という表現にたる彼らの姿に、カルマンの口端がふいにつりあがった。
「あいにくだが、諸君らを生きてこの屋敷から出すわけにはいかんのだよ。フフフ」
広間の扉が音をたてて吹き飛んだのは、まさにその瞬間だった。
ふいに倒壊した扉に、そこに殺到しつつあった貴族たちの足が急停止する。
直後、彼らが倒壊した扉の奥に見たのは、甲冑姿の兵士であった。
それも一人ではない。
十人、二十人、三十人と、広間の扉が異音をあげて倒壊するたびにその数は増え、剣や槍を手にゆっくりと広間へと歩を進めてくる。
「な、なんだ、こいつらは!?」
「ジェラード侯爵の私兵じゃないのか!」
貴族の一人がそう口にしたのは、兵士たちが着ける甲冑の胸部に、鷲をかたどったジェラード家の紋章が目に映ったからだ。
まさしく彼らは今宵の舞踏会のため、屋敷周辺の森や湖の警備を命じられたジェラード侯爵の私兵であった。
その兵士たち。なにやら蝋人形を思わせる無表情を保ったまま、足並みをそろえてゆっくりと歩いてくるその姿にはある種の異様さが感じられたが、ともかく新たな救援の登場にそれまで錯乱状態だった貴族たちもいくぶん冷静さを取り戻した。
顔を見あわせて一様に安堵の息を漏らし、ほどなく一人の中年の貴族が兵士の一人に近寄り、親しげにその肩に手をおいた。
パルツァイ男爵というのが彼の名である。
「よく来てくれた。さあ、はやくあの悪辣な手配犯を捕まえ……」
パルツァイ男爵は最後まで言い終えることができなかった。
それまで無言を保っていた兵士がふいに動きだしたかと思うと、手にしていた剣をパルツァイ男爵の頭に打ちおとしたのだ。
男爵の頭はまるで地表に落ちたザクロの実のごとく砕け散り、噴血まみれの肉塊となって床にくずれおちた。
一瞬遅れて、またしても悲鳴が広間内にあがる。
この悲鳴を端として、ほかの兵士たちも動きだした。
無表情のまま手にする武器を振りあげ、床を踏みならし、「な、なぜ侯爵の兵が!?」という当然の疑問に脳裏を混乱させる貴族たちに襲いかかったのである。