その③
文字数 2,432文字
「教皇庁の小役人よ。あいにくだが、覚悟をきめるの貴様のほうだ」
肉食獣めいた笑みをたたえて、カルマンは右手に持つサーベルをかまえた。
黄金と数種類の宝石で装飾がほどこされたそのサーベルは、百年も昔に当時のバスク国王より賜ったというジェラード家秘蔵の宝剣であるが、むろん、その種の事情などキリコは知るよしもない。
知りえたのは、サーベルをかまえる隙のない姿勢から、貴族にもかかわらずカルマンが相当な剣手ということだ。
「本来であれば屍生人どもに始末をまかせるところだが、教皇庁への敬意をこめて私の手で直接、貴様らの信じる天国に送りとどけてやろう。たかが小役人ごときが光輝ある諸侯の手にかかって死ねるのだ。名誉なことだと思うのだな!」
嘲罵を吐きだすとともにカルマンは床を蹴り、跳躍した。
否、飛翔した。
まるで気流に乗った燕を思わせる軽少な動きで宙空に舞い飛ぶと、ただ一度の跳躍でキリコをサーベルの射程にとらえたのだ。
「死ねい、小役人!」
剣刃一閃!
まるで雷光のように閃いたサーベルの一撃が、キリコの頭を打ち砕こうとしたその寸前。キリコはすばやく片腕をあげて頭上から迫りくるカルマンに掌を向けた。
光の塊がその掌からほとばしったのは一瞬後のことだ。
両者の間に一閃した光の塊は、宙空を躍るカルマンの胸に異音をあげて炸裂し、強烈な力でその身体をはじき飛ばした。
くの字に折れまがった姿で広間の宙空を逆飛行していったカルマンは、もとの跳躍地点をも越えて広間の壁際まで飛んでいくと、そのまま背中から激突していった。
一瞬、轟音をともなって壁面が砕けて飛び散り、直後、噴きあがった砂埃もろとも床にずりおちたカルマンの身体に滝のように降りそそぎ、その姿はたちどころに見えなくなってしまった。
「……な、なんなの、今の光は!?」
噴きあがった砂埃が広間の一角を占拠する中、悲鳴にも似た疑問の声をあげたのはむろんシェリルである。
その声にキリコが振り返ると、燃えるような赤毛がわずかに波をうった。
「今のは聖光砲(オーラ・ガン)だ」
「聖光砲(オーラ・ガン)……?」
「そう。われら聖武僧だけがもつ聖なる力〈聖光(オーラ)〉。その聖光を掌に集約し、大砲の弾のように標的に向かって一気に放出する。それが今の聖光砲だ」
「…………」
説明されたところでシェリルにはまったく理解不能なのだが、それでもこのキリコという若者が、とんでもない能力を持った【超人】であることだけは理解できた。
(教皇庁勤めのお役人ともなると、みんな、こんな奇術を使えるのかしら?)
そんな疑問がシェリルの脳裏をかすめたとき、またしても轟音が鼓膜をたたいた。
崩落した壁材の山が内側より吹き飛んだのだ。
仰天し、あわてて視線を走らせた先にシェリルが見たのは、理解不能の叫びを発しながら立ちあがってきたカルマンの姿だった。
壁に激突した際の衝撃によるものであろうか。目、耳、口、鼻と、面上のいたる所からおびただしい量の血が噴きだし、服を伝わって床へしたたり落ちている。
朱色に染めあげられた白い礼服は生地と繊維がちぎれとび、光弾の直撃をうけて露わになった胸もとは、まるでえぐられでもしたかのように無惨に窪まっていた。
聖光砲なる「奇術」の凄まじい破壊力がその姿からは確認できたが、それよりもシェリルが驚愕したのは、それだけのダメージをうけてなおも立ちあがってきたカルマンにである。
「ま、まだ生きてるわよっ!?」
「だろうな」
声をわななかせるシェリルとは対照的に、キリコは落ちついた声で続けた。
「《御使い》の生命力はかぎりなく不死に近い。いくら聖光砲の直撃をうけたとはいえ、一発ていどでは致命傷にはならない。それどころか、あのくらい傷ならしばらくすれば癒ってしまう。だから……」
「だから?」
「だから、もう二発ほど撃ちこむことにする」
語尾に重なるように、水平にかざされたキリコの掌からふたたび閃光がほとばしった。
それも両の掌から二発続けてだ。
薄闇が広がる広間の宙空を二条の閃光が疾走し、ほどなく先に放出された光弾が立ちあがってきたばかりのカルマンの腹部に炸裂した。
それは一度目のものよりさらに強烈な一撃だった。
またしても声もなく吹き飛ばされたカルマンは、やはり身体をくの字に折りまげた姿で壁にたたきつけられた。
さらにその衝撃で壁面から跳ね返ったところに、わずかに遅れて宙空を一閃してきた二発目の光弾が、今度はその顔面を直撃し、カルマンは頭から壁にたたきつけられて三度目となる大破をまねいた。
一度目のときよりも多量の瓦礫と濃い砂埃が、床に倒れたカルマンの姿をふたたびおおいかくす。
「や、やったわ!」
視線の先にカルマンの姿を確認することはできなかったが、それでもシェリルはカルマンの死を確信したらしい。
破顔し、期待のこもった声をキリコに向けた。
「今度こそ終わりでしょう?」
「いや……」
キリコは軽く頭を振り、砂埃のカーテンにさえぎられた壁際に指をさしむけた。
「まだ終わっていない。あれを見ろ」
キリコの言葉に、シェリルはぎょっとした表情で視線を転じた。
あわせて四つの視線が向けられた先では、噴きあがった砂埃が二重三重のカーテンを生みだし、広間の一隅をおおいかくしていた。
壁材の破片がぽろぽろと落下する音以外、なにひとつ聞こえてこない。
むしろ、奇妙な静寂すらそこにはあった。
なにもないじゃない。そうシェリルが胸の内でつぶやいた、まさにそのとき。突如として静寂は破られた。
壁材の山がまたしても宙空に吹き飛んだのだ。
肉食獣めいた笑みをたたえて、カルマンは右手に持つサーベルをかまえた。
黄金と数種類の宝石で装飾がほどこされたそのサーベルは、百年も昔に当時のバスク国王より賜ったというジェラード家秘蔵の宝剣であるが、むろん、その種の事情などキリコは知るよしもない。
知りえたのは、サーベルをかまえる隙のない姿勢から、貴族にもかかわらずカルマンが相当な剣手ということだ。
「本来であれば屍生人どもに始末をまかせるところだが、教皇庁への敬意をこめて私の手で直接、貴様らの信じる天国に送りとどけてやろう。たかが小役人ごときが光輝ある諸侯の手にかかって死ねるのだ。名誉なことだと思うのだな!」
嘲罵を吐きだすとともにカルマンは床を蹴り、跳躍した。
否、飛翔した。
まるで気流に乗った燕を思わせる軽少な動きで宙空に舞い飛ぶと、ただ一度の跳躍でキリコをサーベルの射程にとらえたのだ。
「死ねい、小役人!」
剣刃一閃!
まるで雷光のように閃いたサーベルの一撃が、キリコの頭を打ち砕こうとしたその寸前。キリコはすばやく片腕をあげて頭上から迫りくるカルマンに掌を向けた。
光の塊がその掌からほとばしったのは一瞬後のことだ。
両者の間に一閃した光の塊は、宙空を躍るカルマンの胸に異音をあげて炸裂し、強烈な力でその身体をはじき飛ばした。
くの字に折れまがった姿で広間の宙空を逆飛行していったカルマンは、もとの跳躍地点をも越えて広間の壁際まで飛んでいくと、そのまま背中から激突していった。
一瞬、轟音をともなって壁面が砕けて飛び散り、直後、噴きあがった砂埃もろとも床にずりおちたカルマンの身体に滝のように降りそそぎ、その姿はたちどころに見えなくなってしまった。
「……な、なんなの、今の光は!?」
噴きあがった砂埃が広間の一角を占拠する中、悲鳴にも似た疑問の声をあげたのはむろんシェリルである。
その声にキリコが振り返ると、燃えるような赤毛がわずかに波をうった。
「今のは聖光砲(オーラ・ガン)だ」
「聖光砲(オーラ・ガン)……?」
「そう。われら聖武僧だけがもつ聖なる力〈聖光(オーラ)〉。その聖光を掌に集約し、大砲の弾のように標的に向かって一気に放出する。それが今の聖光砲だ」
「…………」
説明されたところでシェリルにはまったく理解不能なのだが、それでもこのキリコという若者が、とんでもない能力を持った【超人】であることだけは理解できた。
(教皇庁勤めのお役人ともなると、みんな、こんな奇術を使えるのかしら?)
そんな疑問がシェリルの脳裏をかすめたとき、またしても轟音が鼓膜をたたいた。
崩落した壁材の山が内側より吹き飛んだのだ。
仰天し、あわてて視線を走らせた先にシェリルが見たのは、理解不能の叫びを発しながら立ちあがってきたカルマンの姿だった。
壁に激突した際の衝撃によるものであろうか。目、耳、口、鼻と、面上のいたる所からおびただしい量の血が噴きだし、服を伝わって床へしたたり落ちている。
朱色に染めあげられた白い礼服は生地と繊維がちぎれとび、光弾の直撃をうけて露わになった胸もとは、まるでえぐられでもしたかのように無惨に窪まっていた。
聖光砲なる「奇術」の凄まじい破壊力がその姿からは確認できたが、それよりもシェリルが驚愕したのは、それだけのダメージをうけてなおも立ちあがってきたカルマンにである。
「ま、まだ生きてるわよっ!?」
「だろうな」
声をわななかせるシェリルとは対照的に、キリコは落ちついた声で続けた。
「《御使い》の生命力はかぎりなく不死に近い。いくら聖光砲の直撃をうけたとはいえ、一発ていどでは致命傷にはならない。それどころか、あのくらい傷ならしばらくすれば癒ってしまう。だから……」
「だから?」
「だから、もう二発ほど撃ちこむことにする」
語尾に重なるように、水平にかざされたキリコの掌からふたたび閃光がほとばしった。
それも両の掌から二発続けてだ。
薄闇が広がる広間の宙空を二条の閃光が疾走し、ほどなく先に放出された光弾が立ちあがってきたばかりのカルマンの腹部に炸裂した。
それは一度目のものよりさらに強烈な一撃だった。
またしても声もなく吹き飛ばされたカルマンは、やはり身体をくの字に折りまげた姿で壁にたたきつけられた。
さらにその衝撃で壁面から跳ね返ったところに、わずかに遅れて宙空を一閃してきた二発目の光弾が、今度はその顔面を直撃し、カルマンは頭から壁にたたきつけられて三度目となる大破をまねいた。
一度目のときよりも多量の瓦礫と濃い砂埃が、床に倒れたカルマンの姿をふたたびおおいかくす。
「や、やったわ!」
視線の先にカルマンの姿を確認することはできなかったが、それでもシェリルはカルマンの死を確信したらしい。
破顔し、期待のこもった声をキリコに向けた。
「今度こそ終わりでしょう?」
「いや……」
キリコは軽く頭を振り、砂埃のカーテンにさえぎられた壁際に指をさしむけた。
「まだ終わっていない。あれを見ろ」
キリコの言葉に、シェリルはぎょっとした表情で視線を転じた。
あわせて四つの視線が向けられた先では、噴きあがった砂埃が二重三重のカーテンを生みだし、広間の一隅をおおいかくしていた。
壁材の破片がぽろぽろと落下する音以外、なにひとつ聞こえてこない。
むしろ、奇妙な静寂すらそこにはあった。
なにもないじゃない。そうシェリルが胸の内でつぶやいた、まさにそのとき。突如として静寂は破られた。
壁材の山がまたしても宙空に吹き飛んだのだ。