閑話40 「儂の小説」なのぢゃ!【2】

文字数 1,173文字

『哀れな男』

【2】

 早めに二次会の席についた姪や同僚が「まさか、あの人来ないよね」と噂していると、その噂の主である酔漢が、なにごとかブツブツ呟きながら千鳥足で会場に入ってきた。

 その男は、披露宴の後半からなぜかたびたび高砂の席に酒を注ぎに行く、酒を注いでいるまではよかったが、そのうち、新郎に絡む、新郎に絡んでいるまではまだよかったが、次第に新婦にも絡むようになったので、その男は友人と思われる二三人にたしなめられ、無理やり席に引き戻されていた。

 どうやら新郎の大学時代のサークルだか、ゼミだかの仲間らしい。
 名の知れた大学卒の三十代の男のなかにも、近頃の若い者らしからぬ酒癖の悪い奴がいるようだ。

 その酔漢は二次会の間中、仲間らに取り押さえられ大人しくしていたが、そろそろお開きという段になって、大声を張り上げるやら、暴れるやら、しまいには周りの制止を振り切って、新郎新婦に詰め寄り「俺の酒が呑めないのか!」などと時代がかった台詞で絡みはじめた。
 新婦A子さんはあからさまに嫌な顔をして、新郎B君に『なんとかして』と目配せするのだが、B君は、苦笑いしながら「まあ、まあ」と酔漢をなだめるばかり。

 でもって酔漢はますます増長し、新郎新婦を指差して聞くに堪えない暴言を吐く始末。
 さすがに周りもざわついてきたとき、一人の男が上座にさっと駆け寄り、酔漢の肩を引いて振り向かせざまに顎に一発喰らわした。
 不意を衝かれた酔漢は、その一発を喰らってドッとその場に尻餅をついて伸びてしまった。
 正義の味方のように颯爽と登場した男は、新郎と酔漢の大学時代の仲間のうちの一人だった。
 この男を仮にC君としよう。

「皆さん、ご迷惑をおかけして申し訳ありません。
 仲間がこんな醜態をお見せしてしまって、仲間に成り代わりお詫びいたします。
 皆さんもご気分が悪いでしょうから、この席はこれで切り上げて、次の席に移りましょう」

 と、詫びながら座を仕切るようなことを言った。
 C君のその鮮やかな行動に、周りからパラパラと拍手が起こり、次第にそれは大きな拍手となった。

 伸びてしばらく失神していた酔漢は、他の仲間たちに介抱されてようやく正気を取り戻し、タクシーに押し込まれた。
 招待客のうちごく親しい者は新郎新婦と共に三次会に流れた。
 三次会の席で、新郎B君がC君に酒を注ぎながら、

「どんな事情にせよ、暴力はダメだ。
 ましてや今日はお祝いの席だし、あいつだって招待客なんだから」

 と言ったことに新婦A子さんが噛みついた。

「あなた、何言ってんの! 
 Cさんは私たちを助けてくれたのよ。お礼を言うのが筋でしょ! 
 あなた、私が絡まれたとき何してたのよ。
 ただ黙って眺めてただけじゃない!」

 それは小声ではあったが、これまで聞いたことのない鋭い棘のある口調だったと姪は驚いていた――。
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