閑話42 「儂の小説」なのぢゃ!【4】

文字数 833文字

『哀れな男』

【4】

 A子さんの口吻(こうふん)を真似ていた姪が、しゃべり疲れてコーヒーを一口すすっている間に、妻が口を尖らせて言い放った。

「後で後悔するより、早く決断した方がいいわよ! 
 離婚よ、離婚! そんな、新婚時代に若妻一人自分の手で守れない男が、その先、奥さんを守っていける訳ないじゃない! 
 私にも思い当たることがあるわ」

 聞こえよがしの声を耳にして、ぬる燗が一気に苦くなった。

〈おまえなぁ……、又聞きの余所様(よそさま)の話にそんなに力んでどうする……。
 だいいち、おまえ、普段から暴力絶対反対が持論だったろうが……〉

 *

 私は今、『お悩み相談室』のサイトを開いて、そのA子さんの投稿を読んでいるのだ。
 それにしても回答コメントは物凄い数である。
 しかも女性ばかりだ。内容はA子さんの話の通り、『自分の手で女性を守れない情けない男』『男として最低』とB君の不甲斐なさを弾劾するものばかり。

 なかには『Cさんカッコいい! ステキです。まるでキ○タ○みたい』と、人気アイドルグループの中心メンバーになぞらえるコメントや、

『旦那さんは、C君のカッコよさに嫉妬して、暴力は良くないなどと負け惜しみを言ったのでは?』

『相談者さんは、そんなにCさんが気になるなら、Cさんと結婚したら? 
 きっとCさんも、相談者さんに好意があるはず!』

 などというものまであった。

 そして、そのほとんどが、

『人間の性格は変わるものではありません。今のうちに離婚をおすすめします』

 という結論だった。
 興味深いのは、回答の内容や表現が後になるほど過激になっていることだった。これこそまさに、「祭り」とか「炎上」というものなのだろう。

 パソコンのディスプレイをぼんやりと眺めているうちに、脳裏に「皮膚感覚の増殖」という言葉がふと思い浮かんだ。
「可愛い」「カッコいい」「可哀想」「エモい」「キモい」「怖い」「ダサい」「ムズい」……、こんな皮膚感覚が、現代日本の価値基準になっている気がして仕方ないのだ――。
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