閑話5「発音が気になる」のぢゃ!

文字数 1,119文字

【閑話5】

 この話、弟子の龍田にしても、

「いや~、言葉は時代によって変わっていくものですからね~。
 仕方ないんじゃないですか~」

「私はそれほど気になりませんよ~」

 等とぬかしおって、ぬらりくらりと全く相手にならん! 
 あやつ、そんな体たらくで小説を書いて投稿していると云うのだからまったく聞いて呆れる。
 そこで、懲無庵が読者諸氏の皆の衆に伺いたいのですがな……、

 「指導」の発音は、中村獅童の「獅童」と同じでよろしいのかの?

 「背景」発音は、手紙の挨拶の「拝啓」と同じ発音でよろしいのかの?

 これらの発音が最近、どうも同じになっておる。
 懲無庵は、これが気になって気になって、夜も眠れず昼寝して憤慨しておるのぢゃ!

 例に挙げた言葉の発音は、これまでは明確に違っていたはずぢゃ。
 アクセント記号をつければじゃな……、これまでは、こうなっていたはずぢゃ。
(文字の上の「●」にご注目ですぞ)

 「指導」は、しどう( ● ) 
「獅童」は、しどう(●  )

 「背景」は、はいけい( ●  ) 
「拝啓」は、はいけい(●   )

  
 それが今では、猫も杓子も、「指導」が「獅童」に、「背景」が「拝啓」のアクセントになってしまっておるではないか!!

 万事常識の足りぬ民放アナは仕方ないとして、NHKアナまでもそのような傾向になっておることに小生は、日々憤慨し、日本語の乱れに悔し涙で袖を濡らしておる毎日ぢゃ……。

 アナウンサーがその体たらくぢゃから、それを毎日目にしておる民衆も、猫も杓子も「指導が獅童」「背景が拝啓」の始末ぢゃ!
 この分では、早晩、これらが区別のつかぬ発音になってしまうのであろうと思うと、この懲無庵、夜も眠れず昼寝して、日本語の乱れに悔し涙で袖を濡らしておる毎日を過ごさねばならぬわい。

 太宰の治さんが、戦前に書いた短編の中で、

「最近は七百(しちひゃく)七百(ななひゃく)と言っているが、いやらしいじゃないか電話番号でもあるまいし」

 と云い、

「しかし、そのななひゃく(・・・・・)も、百年後にはぬぬひゃく(・・・・・)と言っているかもしれぬ」

 という旨のことを書いておったはずじゃが、もはや今では、しちひゃく(・・・・・)などと申せば失笑を買う時世となっておる。
 唯一の救いは、この小説から七、八十年経った今でも、ぬぬひゃく(・・・・・)にはなっておらんことぢゃな……。

(嫁に行った鬼娘が、たまに懲無庵に掃除に来ては「終活、終活!」と目くじら立てて、鬼娘に蔵書をブックオフとやらに処分されてしまったので、もう手元に本がないのぢゃ。
 まあ、あとで不詳の弟子龍田に太宰の治さんの本の題名を聞くことにするわい)

「終活終活と五月蠅(うるさ)いわ! 死ぬまでには、まだ二十年もあるわい!」と毒づきたいが、ぬぬひゃく(・・・・・)となっている世の中だと、ちと居心地が悪いかのう……。
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