閑話41 「儂の小説」なのぢゃ!【3】
文字数 1,317文字
『哀れな男』
【3】
姪がA子さんからランチのお誘いを受けたのは、披露宴から一ヶ月ほど経った頃だった。
新婚旅行の土産話でひとしきり盛り上がったところで、A子さんがポツリと切り出した。
「私……、あの人のこと、今までみたいに見られなくなっちゃった……」
「なに、なに、新婚旅行で何かあったの?」
「ううん、その前。披露宴の後の二次会よ」
「ああ、ああ、あれね……」
姪は、A子さんが言わんとすることに直ぐにピンときた。
あの『二次会事件』の後、その席にいた女性社員たちから、サブセクション・チーフであるB君は、職場で総スカンを喰らっているのである。
彼女たちは表面上は従前と変わらずB君と接しているものの、給湯室の井戸端会議では
「男のくせに情けないわよねー」
「頼りないっていうか、女々しいっていうか……」
「Bさんって、仕事ができるって尊敬してたのに、あんな情けない姿見せられるとねぇ……」
「旦那さんがあんなんじゃ、A子も先が思いやられるわねー」
と散々なのである。姪は言いかけたそのことを〈今言っちゃ、ダメ!〉とグッと呑み込んだ。
「あなたも分かるでしょ? 酔っ払いに絡まれてるときのあの人のこと、あなたどう思った?
私ね、あのときのこと、どうしても忘れられないの……。
なんだか胸の奥にずっとつかえてる気がして……。
あの人は私を守ってくれなかった。
一生に一度の大切な場を、私たちはあの酔っ払いに汚された。
あの人は、汚されたまま、何もしなかった。
あの人が何もしなかったことで、私たちはあの酔っ払いに負けちゃったのよ……。
でね、式だけじゃなくて、私たちの未来まであの酔っ払いに汚された気がして、私その思いが消えないの……」
「わかるー。女なら誰だってそう感じると思うな……」
「Cさんが、あの酔っ払いを殴ってくれなかったら、私たちの一生に一度の結婚式は、だたみじめなだけで終わってたわ……」
「そっかー、そうだよね……。その気持ち、わかるような気がする。
でもさ、あのCさん、カッコ良かったわー。
A子には悪いけど、あのシチュエーション、まるでドラマみたいだった。
『すいません』ってみんなに謝ってたCさんの姿も素敵だった」
「うん……、旦那には申し訳ないけどさ、私も同感なんだ……。
旦那の顔を見るたびに、あのときの旦那の情けなさを思い出しちゃって……、それと同時にCさんのことを思い出しちゃうのよねー」
「A子、それは、まずいんじゃないのー」
「まさか! 恋愛感情じゃないわよ。
でもね、旦那がソファでゴロ寝してる姿見てると、この人、この先ほんとに私を守ってくれるのかなーって不安になるの……。
でね、私、思い余って、旦那に内緒で、ネットの『お悩み相談室』に投稿したのよ」
「えーっ! あれ、私もよく見てるよ。
いつ投稿したの?」
「一週間前……。物凄い数の回答がきた」
「へー、そうなんだ。A子も思いきったねぇ。で、どんなだった?」
「九割がた、そんな旦那さんはこの先、奥さんを守ることはできません。
悪いことは言わないから今の内に離婚しなさいって意見ばっかりよ……。
それ見てたらね、なんだか離婚した方がいいのかなーなんて思っちゃったりしてさ……」
【3】
姪がA子さんからランチのお誘いを受けたのは、披露宴から一ヶ月ほど経った頃だった。
新婚旅行の土産話でひとしきり盛り上がったところで、A子さんがポツリと切り出した。
「私……、あの人のこと、今までみたいに見られなくなっちゃった……」
「なに、なに、新婚旅行で何かあったの?」
「ううん、その前。披露宴の後の二次会よ」
「ああ、ああ、あれね……」
姪は、A子さんが言わんとすることに直ぐにピンときた。
あの『二次会事件』の後、その席にいた女性社員たちから、サブセクション・チーフであるB君は、職場で総スカンを喰らっているのである。
彼女たちは表面上は従前と変わらずB君と接しているものの、給湯室の井戸端会議では
「男のくせに情けないわよねー」
「頼りないっていうか、女々しいっていうか……」
「Bさんって、仕事ができるって尊敬してたのに、あんな情けない姿見せられるとねぇ……」
「旦那さんがあんなんじゃ、A子も先が思いやられるわねー」
と散々なのである。姪は言いかけたそのことを〈今言っちゃ、ダメ!〉とグッと呑み込んだ。
「あなたも分かるでしょ? 酔っ払いに絡まれてるときのあの人のこと、あなたどう思った?
私ね、あのときのこと、どうしても忘れられないの……。
なんだか胸の奥にずっとつかえてる気がして……。
あの人は私を守ってくれなかった。
一生に一度の大切な場を、私たちはあの酔っ払いに汚された。
あの人は、汚されたまま、何もしなかった。
あの人が何もしなかったことで、私たちはあの酔っ払いに負けちゃったのよ……。
でね、式だけじゃなくて、私たちの未来まであの酔っ払いに汚された気がして、私その思いが消えないの……」
「わかるー。女なら誰だってそう感じると思うな……」
「Cさんが、あの酔っ払いを殴ってくれなかったら、私たちの一生に一度の結婚式は、だたみじめなだけで終わってたわ……」
「そっかー、そうだよね……。その気持ち、わかるような気がする。
でもさ、あのCさん、カッコ良かったわー。
A子には悪いけど、あのシチュエーション、まるでドラマみたいだった。
『すいません』ってみんなに謝ってたCさんの姿も素敵だった」
「うん……、旦那には申し訳ないけどさ、私も同感なんだ……。
旦那の顔を見るたびに、あのときの旦那の情けなさを思い出しちゃって……、それと同時にCさんのことを思い出しちゃうのよねー」
「A子、それは、まずいんじゃないのー」
「まさか! 恋愛感情じゃないわよ。
でもね、旦那がソファでゴロ寝してる姿見てると、この人、この先ほんとに私を守ってくれるのかなーって不安になるの……。
でね、私、思い余って、旦那に内緒で、ネットの『お悩み相談室』に投稿したのよ」
「えーっ! あれ、私もよく見てるよ。
いつ投稿したの?」
「一週間前……。物凄い数の回答がきた」
「へー、そうなんだ。A子も思いきったねぇ。で、どんなだった?」
「九割がた、そんな旦那さんはこの先、奥さんを守ることはできません。
悪いことは言わないから今の内に離婚しなさいって意見ばっかりよ……。
それ見てたらね、なんだか離婚した方がいいのかなーなんて思っちゃったりしてさ……」