第48話 この人知ってる!『成瀬は天下を取りに行く』

文字数 2,347文字

 読書のスタイルもさまざまな昨今。でも自分と近いキャラに自分を重ねたくなる……そんな昔ながらの読み方(?)をする人は、やっぱり多いのではないでしょうか。

 さらに私の場合ですが、ある時から「親」視点が欠かせなくなりました。自分がどれほど主人公に同化していても、こんなすごい子(優しい子、強い子)を育てた親はどんな人なんだろうと考えずにはいられなくなる。やっぱり子育てってそれだけの重さを伴う行為なんでしょう。

 さて23年の読者大賞を受賞した『成瀬は天下を取りに行く』。
 ネット上に多くの絶賛コメントがあふれていますが、この作品が注目されたのはとにかく主人公の生き様が斬新とされたからのようです。帯にも「かつてなく最高の主人公現る!」というキャッチコピーが。
 私もこの主人公の強さに打たれた一人です。で「親視点」な感想は見かけなかったので、つい書きたくなってしまいました(笑)。

 主人公の成瀬あかりは、本当に突き抜けています。よく言えば「個性的」、でもこれ「高機能広範性発達障害」というやつでは?
 とつい思ってしまうのは、私自身がそういう子育てをしてきたからです。成瀬の言動を読むにつけ、自分の息子と重ね合わせてしまいます(息子はこんなに優秀じゃないけど)。でも発達障害の人って、本当にこうなのです。私も「わかるなあ、これ」と何度も頷きながらの読書タイムとなりました。

 表紙の絵からもその性格が感じられますが、成瀬はとにかくぶっきらぼう。用件だけを言う話し方もそうですし、それを言う時の彼女が無表情なのも分かります。

 成瀬は容姿に優れ、成績も超優秀。はっきり書かれているわけではないのですが、実際に成し遂げたことや周囲の人々の反応からそうと感じられます。
 美人で頭が良く、一方で空気は読めず、誰にも遠慮しない。これはいじめられっ子要素満載で、成瀬もいじめに遭ったことがあるように書かれています。
 でも彼女の良いところは、その苦しい経験から致命的なダメージを受けていないこと。助けてくれなかった弱い友人のことも心の底から大切にするし、意地悪なライバルからの助言には素直に耳を傾けます。
 自信があるからできることなんでしょう。彼女は何が正しいのか、よく分かっているんです。何という強い子でしょうか。

 十代の少女らしいチャーミングさもありますが、その感情は突拍子もない行動として現れます。
 成瀬は髪の伸びる速度が気になるからとスキンヘッドで入学式に現れ、新入生代表で答辞を読み、人々が度肝を抜かれていても平然としています。
 そして気になることがあったら漫才やら競技かるたやら、とことん挑戦。地元愛も強く、滋賀県大津市のためにほとんど命を賭けています。滋賀県民の方がうらやましくなるぐらいのパワーです。うまく行かない時も多いけれど、成瀬はへこたれずに次の目標を見つけます。
 こんな我が道を行く生き方が何とも爽やかで、気持ちがいいんですよね。ストーリーは特に波乱万丈というわけでもないのに、このキャラクターに引きずられてページを繰っていき、読了という感じになりました。

 さてこういう人は昔からいたはずなんですが、文学で取り上げられてこなかったんだなあと感じます。いや、取り上げられるにしても主人公に迷惑をかける「悪役」キャラであって、主人公そのものにはなりにくかったのかもしれません。
 感情を表に出さず、他人の気持ちを推し量る能力の乏しい(成瀬は必ずしもそうじゃないんですが)発達障害の人は誤解され、憎まれてしまうことの方が多いもの。それが分かっているからこそ、発達障害児の親はどうにかして社会性を身に付けさせようと日々奮闘しているわけです。

 だから思ったわけです。成瀬のような子に育てるにはどうしたらいいの?と。

 この作品では、成瀬は周囲に愛されています。変な子として笑われてはいるけれど、彼女が誠意を尽くしていることは人々に伝わっているし、ストイックに自分を高める努力をしているし、これだけ頑張れる子になれただけでも偉い。
 もうこれは親がマメに教えたに違いありません。「お母さんは普通の人なのにね」と笑われているシーンもあったけれど、その普通の親が普通じゃない努力をしてきたのでしょう。

 成瀬がいかに頭の良い子でも、日本という国は一定の範囲から逸脱している子を異常扱いします。もちろん早期からのサポートという意味はあるのだけど、みんなが神経質になり過ぎていると感じることもしばしば。もっと大らかになれたらいいのに、と思うのです。大らかであればこそ、本質も見えてくるはず。

 成瀬の両親はそういう子育てをしてきたんじゃないでしょうか。心が折れそうになったことが何度あったとしても、我が子を目一杯愛して「自信」というかけがえのないものを与えたんじゃないでしょうか。でなければ、成瀬がこんな行動を取れるはずがありません。
 続編は未読なんですが、私としては成瀬の未来よりも過去が気になるなあ……。

 と思っていたら……!
 新潮社のサイトで「成瀬のお父さん」視点のスピンオフが公開されていました。読んでみたところ、成瀬の大学受験の一幕を描いた、これまた面白い作品でした。
 でもあれ? やっぱり普通の親だったのね、という内容。特に子育てに関して特別な苦労はなかったようです。う~ん、釈然としませんが、やっぱり「生まれが九割、教育は一割」なんでしょうか。まあ確かに成瀬ぐらいに優秀な子は、生まれながらの素質に恵まれているのかもしれませんが。

 とはいえ、成瀬の魅力は色あせません。
 辛いことがあって心が弱ったとき「成瀬だったらどう考える?」と自分に問いかけてみるのもありかも。きっと心の中の成瀬が応えてくれそうな気がします。
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