第23話 これが海賊のロマンだ!『海狼伝』

文字数 2,710文字

 今回から、私が好きな歴史時代小説をいくつかご紹介してみようと思います。
 複数作品を挙げますので、一つでも興味を持てそうなものがあったらどうぞっていう感じです。中には映像化されている作品もありますが、そちらがお勧めできるかどうかは場合によりけりですかね(笑)。
 
 まずはこちらの作品から。

 白石一郎『海狼伝』

 これ、一言でいうと、海賊の夢とロマンです。
 海賊や帆船時代の戦いを描きたい人には、必読の書ではないでしょうか。ちなみに直木賞受賞作です。

 一人の若者の成長を追った青春小説でもあります。最強でも万能でもないごく普通の青年が、海のオオカミへと変貌していくのです。戦国期ならではの厳しさが、主人公を駆り立てていきます。
 リアルなのに暗い印象はほとんどなく、読後感は爽やか。そのように描けるということが、白石さんのすごさかと思います。

 これの続き物として『海王伝』という作品もあり、こちらは主人公が海賊王になってからのお話。さらに『海神伝』(←?タイトル不明)という作品も予定していたらしいのですが、白石さん、そこで亡くなってしまいました。三作目で伏線回収を予定していた箇所もあると思われ、非常に残念です。
 でもこの第一巻の迫力がとにかくすごいので、もう十分なのかもしれません。

 そうそう、歴史小説ジャンルの中での海賊物というと、『村上海賊の娘』も大ヒットしましたよね。
 でもあの強過ぎるヒロインは「男性向け」、「ラノベ寄り」な気がします。お姫様という立場で、セクシーキャラで、平気で人殺しもできる主人公……私はあまりリアリティーを感じられませんでした(これまたファンの方、ごめんなさい。同じ作者の別作品には魅力を感じたので、いずれそちらを記事にします)。
『海狼伝』にも美しい女海賊キャラは登場しますが、リアリズムから逸脱しないので無理がありません。「いるよね、こういう人」と言わせるだけの説得力を持っているのがその違いです。

 さてこの小説の主人公は、笛太郎といいます。
 彼は対馬の母子家庭で貧しく暮らしていますが、実はちょっと「良い」家の出。読み書きもできる知性派です。
 周囲の漁師たちと違い、彼は航海術に興味を持っています。やがて「宣略将軍」と呼ばれる親分の配下で働き始めますが……そこはまさに海賊の世界でした。血も涙もない、といった壮絶な日々が待っています。

 白石さんは壱岐の出身ですが、このあたりは密貿易や海賊働きのさかんなところだったので興味があったのでしょうね。海賊たちの生態が生々しく描かれています。同じ海賊でも、根城にしている地域によってかなり雰囲気が違うことも感じられます。

 さて笛太郎ですが、あるとき村上水軍に捕らえられ、瀬戸内海へと連れて行かれます。

 え~、奴隷になっちゃったの⁉ 
 と読者はハラハラしますが、笛太郎は逆にここで恵まれました。仕えることになったご主人が親切な人だったので、彼はむしろ保護され、海で生きる知識を身につけることになるんですね。村上海賊ならではの、洗練された戦い方も目の当たりにします。
 歴史物に欠かせない説明は、さらりと挿入されます。例えば和船とジャンク、南蛮船の構造の違い。読んでいると「へ~」の連続です。
 そう。読み易い文体だからといって、決して知識軽視ではないんですよ!

 描写の仕方も見事で、まさに目の前に映像が浮かびます。
 海の戦いが始まるときは、船の上で陣太鼓が叩かれ、()漕ぎの掛け声が響きます。敵対する船がどんどん近づいてくるのが見えるようです。
 この臨場感。目の前にしぶきが上がり、海賊たちの叫びが聞こえます。

 大山祇(おおやまづみ)神社の巫女とのロマンスも、すごくドラマチックです。彼女は戦国武将、陶晴賢(すえはるかた)の忘れ形見。お姫様なので、位の高い巫女となっていました。
 高貴な女性が海賊によって略奪され、その妻にされてしまうというのは、本来ならすさまじい暴力です。でも笛太郎は彼女を守る騎士のように行動するんですね。甘美なラブストーリーとして展開されるので、読者はむしろうっとりさせられます。

 新しい視点もいろいろ。
 信長など、陸で戦っている戦国武将たちとも笛太郎は「ニアミス」するんですね。すでに戦国物を読み漁っている人でも、海から眺めた姿がまた新鮮に感じられるのではないでしょうか。

 さて、小説はディテールを描きますから、残酷描写はどうしてもあります。友情や海賊なりの正義が描かれても、マンガやアニメほどには単純にまとまらないのかなと思います。

 その代わり、リアリティーが半端ない!
 歴史小説として描かれる良さは、そこにあるのではないでしょうか。笛太郎は人を殺して富や権力を手にいれることに悶々としますが、その葛藤は人間として当然のこと。主人公が悩むからこそ読者は共感できますし、その悩みをいかに乗り越えるかが物語のクライマックスになっていきます。

 笛太郎は舵取り(航海士)の役目なので、積極的には人殺しに加担しません。周囲の疾走感に比して、主人公がおとなしめだという感想もネット上にはあるようですが、白石さんはあえてそうしたんじゃないかと思うのです。

 というのも、ラストが際立っているから。
 最後の最後、主人公は血に飢えたオオカミになるのです。

 一人の海賊が誕生した瞬間。
 こういうところに、鳥肌が立つんですよね。
 今の道徳観と相いれなくても、これは正統派の青春小説。主人公の成長をまざまざと見せつける作品ではないでしょうか。

 この作品以外にも、白石一郎さんの著作には魅力的なものが多いです。
 特に海洋物に力が入っているように感じます。主人公は鄭成功であったり、ウィリアム・アダムズであったり。いずれも荒々しい海の男たちです。
 物語は重厚かつアクロバティック。でも、あくまで主人公に感情移入できるようになっていて、心象描写と史実の説明が両立しています。「これは男性向けでしょ」という感想を、私は白石作品に抱いたことがありません。

 作家として駆け出しだった頃の白石さんのエピソード。タイトルに「海」が入っていると本が売れないと編集者さんにダメだしをされて、とても悔しい思いをしたのだとか。
「そんなはずはない。海外では一ジャンルになっているんだから」
 ということで、見返すつもりで次々と作品を仕上げていったそうなのです。

 たぶんこの反骨精神が作品ににじみ出ていて、私はそこに惹かれているのだと思います。
 小説って、作品の魅力はもちろんですが、半分は作者に惚れ込んで読むところがありますよね。この作品にしても、私は笛太郎の視点を通して白石さんに惚れ込んでいたのかもしれません。
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