第9話 アルゼンチン料理!?

文字数 3,448文字

 ブックレビューが続いたので、閑話休題。
 今、私は子どもの夏休みの宿題の手伝いに追われています……。

 誤解のないように付け加えますが、決して息子の成績アップをもくろんで、完成度を上げさせようとしているんじゃありません。息子の場合は発達障害の問題が絡んでいるので、ただ「期限までに」「提出できる」状態にするという、最低限のレベルに押し上げるまでにやたらと手間がかかるのです。

 いやもう、本当にやたらと、手がかかるのです(笑)!!

 小学校の時はそれこそ、親が放置すれば宿題に手を付けないまま夏休みを終えてしまうような子でした。中学校に入った今はさすがに自分でまずいと思うらしく、少しずつ手を付けてはいるんですが、それでも計画通りには進まない。
 自閉症児は物の管理も苦手なので、部屋は散らかり放題。勉強を始める前に「プリントがなくなっちゃった」と大騒ぎになることもしばしばです。

「じゃあさ、まずはお片付けからやろうよ」
「やだよ~。お母さんが片付けてよ~」

 はあ~(ため息)。
 このあたり、同じ親でも「優等生」の親には分かってもらえない悩み。一回二回注意して分かってくれる子なら、そんなに親の苦労はないのです。

 だいたい夏休みも終盤に入った今、まだまだ宿題が終わっていないって、どういうこと!?
 今年はコロナで旅行や帰省もできず、部活動もないので、ずっと家にいたわけです。時間は十分にあったでしょうが。

 とまあ、落ち込んでばかりいてもしょうがない。
 ちょっとでも当初の計画に追いつくよう、「今日はこれとこれだけやろう!」と発破をかけることにします。今日の予定が終わったらおいしい物を食べるとか、鉄道の写真を撮りに行くとか(息子は「撮り鉄」なのです)、ご褒美もちらつかせます。

 そんなわけで、先日は社会のレポートに取り組みました。
 課題は「世界のおいしいもの」。どこでも良いので好きな国を挙げ、その国を代表する料理について調べ、歴史や気候と結び付けてそれを紹介せよ、という内容です。
 確かに食べ物を切り口にすれば、興味を持てる子は多いでしょう。社会の先生、宿題を出すにもよく考えていらっしゃいます!

「なになに、面白そうじゃん。どこの国にするの?」
 母の方が前のめりになってしまいます。でもうちの息子ときたら、
「わかんないよ~。お母さんが決めてよ~」
「あんたが自分で決めなくちゃいけないんだよ」
「そんなこと言ったって、わかんないよ~」

 オリンピックもあったのに、印象に残った国はないとのこと。また今まで外国の絵本をたくさん読み聞かせてきたのに、どれも特に記憶に残っていないとのこと。がっくり。

 もちろん母は、その程度じゃあきらめません。
「じゃあさ。あんたが好きなパエリア。あれ、どこの国の料理か知ってる?」
 あ~、と息子は顔をしかめます。
「パエリアは、他にもやる人がいそうなんだよね」
「他の人とかぶるのは嫌なんだ?」
「まあね」

 世界三大料理って知ってる? トルコ料理もおいしいんだよ。イタリア料理だって、あえてマイナーな料理を取り上げてみたら。いや、マイナーといえば中華だって、日本人がほとんど知らないような少数民族の料理にするっていう手もあるよね?

 ちょっとでもヒントになればと思って、いろいろ声を掛ける私。でもそうなると、子供というのは「うるさい」と感じるのが定番のようです。息子もだんだん不機嫌になってきます。
 うつむいているばかりで、もう私の話は聞いてない。と思ったら、息子は突然顔を上げて叫びました。
「……アルゼンチン!」

 私はしばし唖然としました。
「ア……アルゼンチン!?」
「うん。アルゼンチン」
「何でまたアルゼンチンなの」
「わかんないけど、今思いついた」

 訳が分かりませんが、まあ直感が良い結果を産むこともあるでしょう。何より本人が「これ!」と思ったものを選ぶのが一番です。
 南米の料理は今一つイメージが湧かなかったけれど、それだけに他の人とかぶる心配は少ないかもしれません。さっそく、二人でネット検索をしてみます。

 あるある! アルゼンチン料理を作る動画まであるじゃないですか。
「いいんじゃない? このエンパナーダ(ミートパイ)って、おいしそうじゃん」

 私の言うことは無視して、息子はネット情報をどんどん書き写していきます。
「ウィキの丸写しは駄目なんだよ」
「うるさい! お母さんはあっちへ行ってて」
 まったく、手伝えと言ったり、余計な口出しはするなと言ったり。

 この後に、図書館本も借りてきました。紙の本はさすがに分かりやすくまとまっています。私も「へえ~」がいっぱいでした。
 歴史的背景を言えば、他の多くの南米諸国と同じく、今のアルゼンチンの辺りも16世紀にスペインの植民地となります。そこでいったん先住民との混血が進み、さらに19~20世紀にスペイン、イタリアを主体としたヨーロッパ移民が再びどっと入ってきます。

 この第二波の移民がもたらした、地中海料理の影響が大きいようです。首都のブエノスアイレスにはおしゃれなピザ屋さん、パスタ屋さんがたくさんあるとのこと。

 また国土の広い畜産大国なので、肉の消費量が非常に多いらしいです。元々は大草原パンパに生きたガウチョ(カウボーイ)たちが牛を殺して食べたことが始まりだそうで、アサード(焼肉)はアルゼンチン全土でみられる共通料理だとか。

 ちなみにガウチョは、定住を嫌った荒々しい人々だったようです。主に混血で、誇り高く、独立心旺盛。ポンチョと腰に差した大きなナイフがトレードマークで、その精神性の高さからガウチョ文学なるものも誕生しました。日本の武士と重ねる人もいるのだとか。

 アルゼンチンのグルメ旅みたいな動画も見つけました。
 肉汁したたる巨大なステーキ(脂肪たっぷり)に、セクシーな金髪美女が笑顔でかぶりついています。同じ皿には、これまた巨大なチョリソーが載っています。
 これがアルゼンチン料理か。迫力があるし、おいしそうだけど……。
「見てるだけで大腸ガンになりそうだねえ~……」

 そんなこんなで、どうにか宿題プリントを仕上げた息子は、図書館本の中にあった料理を食べてみたいと言い出しました。
 見ると「ミラネーサ」とあります。これもアルゼンチン料理を代表する存在でありながら、名前は「ミラノ風」の意味。要するにカツレツだそうです。
 その本にはレシピも掲載されていました。なるほど、牛の塊肉が手に入れば、我が家でも作れそうです。

「よし。じゃあ今日の晩御飯はミラネーサにしよう!」
「お母さんが作っといて。僕は忙しいから」
 もう夕方だというのに何が忙しいのかと思ったら、これからまた鉄道写真を撮りに行くのだそうだ。
「ちょっと! あんたのためにアルゼンチン料理を作るんだから、手伝いなさい」
「家庭科の宿題じゃないも~ん。作るまでしなくていいんだも~ん」

 しょうもない息子ですが、今に始まったことじゃありません。以前は世間を恐れ、引きこもりに近い状態になったこともありました。一人で外出できるようになっただけでも成長したと言えるでしょう。

 そんなわけで息子を駅に向かわせ、私は一人で近所のスーパーに行きました。
 ちゃんとありましたよ、牛のロース塊肉。やっぱりミラネーサを作ってみるとしましょう。
 
 肉は3~4mmにスライス。まずは塩コショウ。おろしニンニク+刻みパセリ+卵の液に漬け、パン粉をまぶしてフライパンで揚げ焼きにします。食べる直前にレモンを絞れば、それ以上の味付けは要りません。
 付け合わせはバター風味のポテトサラダと、ブロッコリーのチーズ焼き。本に紹介された、アルゼンチン家庭料理の定番メニューです。

 カメラに熱中している息子よりも、仕事から帰ってきた夫の方が喜んでくれました。
「アルゼンチン料理? へえ~うまいじゃん」
 うちではメタボ対策を兼ねて、普段は和食中心にしているので、物珍しいと感じたのでしょう。夫は終始ご機嫌でした。
 確かに悪くないよね。カロリー高めだけど、たまには、ね。
 ちなみに鉄道写真を見ながら食べた息子の感想は、「まあまあだね」とのこと。

 でもこの日、宿題のおかげで遠いアルゼンチンという国に思いを馳せることができました。またミラネーサを作ろうかな、と思いました。新天地を目指した移民の苦労と、荒々しいガウチョたちに敬意を表して。
 
 どこにも旅行に行けない今だからこそ、食事で旅気分を味わうのも良いかもしれませんね。
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