第18話 一番のお気に入り・METの『カルメン』

文字数 3,295文字

 オペラ『カルメン』のDVDは、何種類か持っています。
 主役、カルメンを誰が演じるかで、かなり印象が変わります。それこそ、違う作品になると言ってもいいぐらい。

 やっぱり「タイトルロール(題名になっている役柄)」って大きいんでしょうね。いろいろなカルメンを見比べると一目瞭然の違いです。

 我が家にあるDVDのうち一番古いのが、カラヤンが60年代に制作したオペラ映画。主演はグレース・バンブリーという黒人歌手の方で、ここでは古典的な「こってり系」、濃厚なイメージのカルメンが見られます。

 比較的新しいものでは、イタリアのマチェラータ音楽祭のライブ収録(2008年)。主演はニーノ・スルグラーゼというグルジアの方で、こっちはお人形さんのように可愛らしいカルメン。
 ニーノさんの声はメゾソプラノなんですが、ルックスがあまりにキュートなので、悪女という感じがしません。
 下手をすると、清純派ミカエラとイメージが重なってしまいます。で、差別化を図るためなのか、本当にタバコを吸わせたり(オペラ歌手がタバコを吸って大丈夫なのかは気になりますが)、メイクが派手だったりと「蓮っ葉」なイメージを演技で作り出しています。

 年代的にその間にあるのが、アメリカのメトロポリタンオペラで80年代に上演されたもので、主演はアグネス・バルツァというギリシャの方です。この人はちょっと印象が弱いかな……。相手役のホセを演じたホセ・カレーラス(そう、世界三大テノールのあの人です。ここでは役と同じ名ですね)が素晴らしいので、主役が食われちゃってる感あり。

 というわけで、私が一番気に入っているのは、こちら。
 三番目の作品と同じく、メトロポリタンで演じられたものですが、2010年です。
 これがダントツに迫力があります。これから『カルメン』を見る方は、これ一本でいいんじゃない?と思います。まさに決定版ってやつですね。



 この、おっぱいがこぼれ出そうなカルメンは何(笑)?って感じですが、まさにこういう「ド迫力」で、ドスの効いた感じのカルメンが見られます。この人はエリーナ・ガランチャという、ラトビア出身の方です。
 もちろん歌は素晴らしいです。パンチが効いていて、こちらもド迫力(笑)。

 エリーナさんはスタイルが良いだけでなく、ものすごい美人なんですよ。本当は金髪なんですが、ここでは役柄に合わせて黒髪のカツラを被っています。どっちもお似合い。今はオペラの世界も、これだけの容姿の方じゃないとダメなんでしょうかねえ~(と、ため息)。

 この表紙、這ってでも恋人エスカミーリョの元へ行こうとしているカルメンの姿を捕らえていますが、その後ろで鬼のような形相をしているのが、ホセです。「乗り換えるなんて許さんぞ~!」と言っている、ラスト近くのシーンですね。

 この人はロベルト・アラーニャというフランスの大スター。フランスではテレビでもおなじみの人らしいです。またアメリカのメトロポリタンオペラは世界中の映画館で生中継されるんですが、そこでも常連として、いろいろな演目に出ているのだとか。

 クライマックスを表紙にしたせいで、ロベルトさんはこんな顔をしているんですが、本当は甘いマスクのかっこいい人なんですよ。まさにホセの、優しい二枚目的なキャラクターに合っています。

 だけどこのDVD。
 実は表紙に映っていないキャラクターもまた素晴らしいのです。

 特にエスカミーリョを演じた、テディ・タフ・ローズのかっこいいこと! ニュージーランドの方で、先住民の血も入っているそうですが、ハリウッドスター並みの容姿です。見ていて惚れ惚れします。この人を表紙に使っても良かったのに、と思うぐらい。

 第二幕、エスカミーリョが酒場に登場するシーンがあります。
 歌われるのは、あの有名な「闘牛士の歌」。ここで観客に「ああ、下町にスターが来たんだな」と感じさせねばなりません。ものすごくドラマチックなシーンです。(ちなみに楽譜にも「傲慢に」と、ビゼーからの指示がわざわざ書いてあるそうです)

 このシーンが物足りない場合は、全体の印象も下がっちゃいますよ。だってエスカミーリョがカッコよくなかったら、ホセより見劣りするような人だったら、カルメンが後で心変わりをするその説得力がないじゃないですか!

 テディさんはこの点、完璧です。艶やかで力強いバリトン。しかもすらりと背が高く、見栄えがして、みんながうっとり見上げるような感じ。これはエスカミーリョ以外の何物でもありません。

 さて『カルメン』に関しては、私は劇場でも何度か見ましたし、YouTubeなどでは無料で見られるものもありますよね。
 だけど出来が良いものに絞らないと、なかなか感動はありません。人気歌手が出ているからといって、舞台にお金がかけられているからといって、出来が良いとも限りません。
 逆にアマチュアの舞台がすごく楽しめることもあります。小説でもそうですが、ここは難しいところですよね。

 うちの息子は、小学校低学年のうちから『カルメン』が好きになりました。我が家ではいつもクラシック音楽が流れているので、それが自然だったんでしょうね。
 そこである年。息子の誕生日のプレゼントに奮発してオペラ『カルメン』のチケットを買い、家族で出かけたことがありました。

 この時は主役のカルメンのみ海外スターを招き、他の役は日本人歌手、という配役の公演でした。
 日本の歌手の皆さんもそれなりにお上手だけど、やっぱりカルメンの存在感は桁違いだなあ……と、やっぱりタイトルロールの、というか、そこに選ばれる人のすごさを実感。

 だけど実は、この時引っかかったのはそこではなくて、むしろ演出の方。
 いわゆる「新演出」だったんです。『カルメン』の舞台が、19世紀のセビーリャではなくて、現代のニューヨークに「翻訳」されたものでした。

 ホセはニューヨーク市警から脱走し、ヤクザの仲間入りをするという設定。そこで密輸していたのは、たぶん麻薬だったんでしょう……。
 そしてエスカミーリョは、ハリウッドの有名プロデューサー。カルメンはうらぶれた酒場の歌手なんかやめて、メジャーデビューしたいというのが本音ですから、その下心もあってエスカミーリョに近づいていきます。
 そして、レッドカーペットの上で、カメラフラッシュを浴びているところを銃撃されるラスト。

 ……これ、どう思います(笑)?
 オペラでは、時々こういう斬新な演出が行われるんです。これがうまく行くときは、まさに新しい作品が生まれる瞬間に立ち会えたような気がします。
 だけどそれは滅多にない(笑)。

 劇場でこれを見た私たち家族は、「う~ん……」と頭を抱えてしまいました。息子に至っては「こんなのカルメンじゃない!」と怒り出す始末。
 あ~、せっかくの誕生日プレゼントだったのに(笑)。
 子供でも「時代考証」やら何やら、作品の背景にあるものは、何となくですが分かっているんですよね。私も違和感が半端なかったです。

 この演出の言いたいことはわかるのに、なぜ「違う」と感じたのか?
 たぶん、私たちの頭の中では、『カルメン』の名曲たちがいずれも「スペイン」のイメージ(それもビゼーの時代の)と強く結びついているからだろうと思います。音楽とビジュアルとが融合せず、どうしても「無理矢理」感が拭えなかったのです。

 もちろん斬新な演出というのはあって良いと思います。そうでなければ新しいものは生まれませんし、遊び心いっぱい、というのも楽しいものです。
 だけどまずはスタンダードを理解したいですよね。初めて鑑賞する場合には特に、古典的な演出の方をお勧めしたいです。なので私たち家族も、次に劇場で見る時は演出に気をつけます(笑)。

 上記、METの『カルメン』のDVDがなぜお気に入りかって。
 歌も、歌手の見た目も素晴らしいから! そして演出が「はみ出て」いないから! すべてがストライクゾーンに入っているのです。
 感動を生み出すには、いろいろ条件を満たしていないと駄目だなあと思う、今日このごろです。
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