第44話 ご報告・PTA改革のその後④

文字数 3,658文字

 さてジョヴァンニ君が不貞腐れ、沈黙してしまっても、PTAの活動はお休みというわけにはいきません。
 会長不在のまま、他のメンバーで淡々と例年通りの活動内容を続けました。私としても、ちゃんと参加してくれる仲間がいるだけでも有難いのだとよくよく分かりました。この期に及んでもう改革のことは言い出せません。半分諦めの境地です。

 さて例年通りの活動と書きましたが、この年から新たに加えたものが一つだけありました。
 LINE公式アカウントの発信です。企業やお店のPRのように、PTAが情報を出すのです。学校と保護者をつなげ、しかも手続きのリマインダーなど、保護者に役立つ情報を発信することでイメージアップを図る狙いがありました。

 LINEを使用している保護者は多く、紙のお手紙(子供が学校のお手紙を親に渡さないのはよくあることなのです)よりも情報が届きやすいという利点もあります。また年に一度だけですが、PTAでは制服やジャージのリサイクル販売会を行うので、割引券を付けることもできます。PTAとつながっていた方がお得だよ、というささやかなPR(笑)。

 これができるようにアカウントを作ったり、やり方を指導してくれたのはジョヴァンニ君ですから、そこは感謝しなければなりません。でもその後の記事作成など、メンテナンス的なことは全て女性メンバーが担うことに。
 何だか途中で放り出されたような気分になったのは私だけではなかったのでしょう、みんな同じようなことをぼやいていました。

 あれほど「私がやります」と宣言しておいて……。
 私もついイライラ(笑)。活動に消極的な人は他にもいたのですが、ジョヴァンニ君に対しては期待値が大きかっただけにがっかり度もひとしおでした。

 そんな中、自らすすんで記事配信の勉強をし、その仕事を請け負ってくれたのが、次第に存在感を増してきていた「ボスママ」でした。
 会議で私にきつい言葉を投げかけてきた、あの人です。

 なぜ「ボス」と呼ぶかって、声が大きく、常に取り巻きを連れ歩いているから(笑)。PTA本部にはなぜか一人で入ってきましたが、たぶん取り巻きの皆様にもそこまではお付き合いできないという思いがあったのではないでしょうか。
 そんな彼女が「私、何とか記事を作れるようになったから、希望者に説明するわよ~」と言ってくれたのです。

 教えてくれるの? いいとこあるじゃん!
 私は感動しました。彼女のきつい性格を思えば若干の不安はありましたが、やる気を見せてくれる仲間は貴重です。私はまた別のメンバーと一緒に、待ち合わせ場所のファーストフード店にいそいそと出かけて行きました。

 3人でテーブルを囲みました。よろしくお願いしますと頭を下げると、ボスママは終始ご機嫌。
「いやいや、大して説明することもないのよ〜」
 謙遜するようにそう言い、ミニ講座はお茶をしながらの、和やかで楽しいものとなりました。

 なるほど、なるほど。
 彼女の説明通りにスマホを操作しながら、私はまたも感動しました。言われた通りにすると、確かにちゃんとできます。これならデジタル苦手な私でも何とかなりそうです。
 彼女のお陰で私も情報発信できるようになりました。こうやって役割分担できるメンバーが増えていけば当然活動はしやすくなります。

 しかし実は、この日の主眼はその講座ではなかったのです。
 一通りの説明が終わってから、ボスママは思い出したようにポツリと言いました。
「はっきり言って、あの委員会と、この委員会はなくてもいいわよね〜。どうしても必要な仕事だけ、臨時の係を募集するのもありかなと思うのよね〜」

 あれっと思いました。彼女が唐突に言い出したのは、もちろんPTAの組織構成に関わること。つまり私が先日持ち出した、根底からの改革に関わる話です。
 ポカンと口を開けた私を前に、彼女は続けて言います。
「臨時の係を募集するだけなら、全員が強制参加にならずに済むわよね~。やりたい人が手を挙げる形なら文句も出ないし、仕事もスムーズに進むわよね~」

 私が会議の時に言ったことと、まったく同じです。あなた、その発言を否定したでしょうが!今になって180度違うことを言うの?

 でもその瞬間に分かりました。彼女はあのときも何が正しいか、ちゃんと分かっていたのです。分かっていながら、ジョヴァンニの作り出す空気に進んで吞み込まれていったのです。
 そうした理由はたぶん、私を追い出せばジョヴァンニと一緒に自分が主導権を握れるから。他のメンバーはただジョヴァンニが怖い(そう、恐れられている人なのです)という理由だったでしょうが、ボスママはちょっと違います。

 ここでボスママの転向っぷりを突くことはもちろんできましたが、そんなことをしても意味がありません。せっかく援軍が現れたわけですから、私はここぞとばかりに同意します。
「うんうん。私もそう思うよ! PTAの強制っていう部分が問題なんだもんね」

 激しく同意し過ぎたかもしれません。でも私はとにかくこのチャンスをものにしなければ、という思いでいっぱいでした。
 一緒に来てくれた別のメンバーは隣で絶句していました。蚊帳の外に置いてしまって、ちょっと申し訳なかったです(でもあなたもあの会議で私をちょっぴり叩いたよね?)。

 ボスママと私はすごく盛り上がりました。これだけ世間から厳しい目を注がれているPTA。そんな組織が少しでも支持を得たいと思うなら、みんなが納得できる形にしなければなりません。そのためには今、組織にいる人が動かなくてはなりません。任期終了まで何事もなくやり過ごす、では何も変えられないのです。

「じゃあ、つばめちゃん。私が改革案をまとめて、次の会議にかけてみてもいいかしら~?」
 私の許可を求めてくるボスママ。この時の彼女の、私に向けた懇願するような視線が忘れられません。まさに怯えたような目。今度は私に叩かれる側に回ると思っているのかもしれません。ああこの人も怖いんだ、怖いから必死に戦っているんだと、ひどく納得させられるような目でした。

 私は力を込めて頷きます。
「もちろん。どんな風に変えていくのか、大まかな形だけでも見えてきたら助かる!」
 ボスママはまだ警戒心を解かないまま、それでも口元には懸命に笑みを浮かべて言いました。
「じゃあ、簡単に資料を作ってみるわね~」
 まったく大人の会話ってやつは、建前の言葉と本音が異なるので面倒臭いことこの上なし、ですね。

 私はまだ疑っていました。
 彼女は本当に改革案をまとめてくれるのでしょうか? 確かにボスママがそれをやれば、他のメンバーは逆らえないので空気はガラッと変わるでしょう。でも口約束だけで、次の会議にはまた「改革なんて知ったことじゃないわよ~」とシラを切るかもしれません。
 
 だいたいボスママは、自分が一番かわいいというタイプ。彼女に任せてしまうと、何が起こるか分からないといった怖さはありました。またジョヴァンニと組んで私を叩くぐらいでは済まず、今度こそ本当に私を追い出しにかかってくるかもしれません。
 
 でも、何を言われても私が舵取りをやめずにいれば良いのです。正しいと思うことは正しいと言い、違うと思ったらそう言えばいい。
 それができないから悩んでいるんじゃないかー、という声も聞こえてきそうですね(笑)。でもそんな風に空気に流されてどうする? 誰もが空気に逆らえなくなって良いのか? 極論を言えば、戦争を含めた歴史上の様々な悲劇はそうやって起こったんだぞ?

 というわけで、夏休みの間はボスママがPTAの改革案をまとめてくれることになりました。
「あくまで叩き台よ~。私のぼんやりしたアイデアみたいなもんよ~」
 と謙遜していましたが、私が手伝うと言っても彼女は頑として受け入れませんでした。私に手の内を見せたくなかったんでしょう。でも改革ができるのなら、私としては形にこだわりません。

 この日に参加してくれたもう一人のメンバーは、その後この件に触れてきませんでした。どっちに振れるにしろ、怖くて発言できなかったんだろうと思います。
 そして勉強会には来なかった他のメンバーですが、特に何も知らされなかったようです。私もボスママの動向が不明だったので、夏休みの間も特にみんなの前で触れることはしませんでした。

 だからみんながこの方向転換を知ったのは、夏休み明けの次の会議。
 あるいはその直前の議事次第。

 会議では何を話し合うのか明確にしておくために、私や他の副会長が毎回事前に議事次第を作り、メンバーに配布していました。その次第の中に私は「組織変更について」という項目をそっと入れ、またその件はボスママから話されることも書き入れておいたのです。

 だけどあまりにさりげなく、しかもわざと他の議事に埋もれるような形で書いたので、多くのメンバーが「何だこりゃ」と思う程度で、気づかなかったと思います。
 なので爆弾は会議の最中に突然落とされました。
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