第6話 読み聞かせのあれこれ

文字数 4,046文字

 自閉症スペクトラムのうちの息子が、近所の小学校に入学した時のこと。

 息子は特別支援学校ではなく、普通の学校で対応可能。そう判断したのは、他でもないこの私です。
 だけど、息子の不十分なコミュニケーション能力を考えると、「普通の子たち」の中に彼を投げ入れることの、まあ怖いこと!
「みんなの足を引っ張るからな……絶対にいじめに遭うぞ、これは!」

 幼稚園時代からすでにそうでしたが、息子は学校の話をまったくしないので、入学後も教室がどんな雰囲気なのかはよく分かりませんでした。

 だから「読み聞かせボランティア募集」のプリントが配られた時、私はすぐに申し込みをしました。別に絵本が特別好きだったわけでも、読み聞かせで何かを変えようと思ったわけでもありません。
 言葉は悪いけど、息子のクラスメートを「偵察」する気分だったのです。「いじめっ子」になりそうな子がいたら、何らかの対策を立てられるのではないかと。

 さっそく会合に参加し、他のボランティアさんにも会いました。
 母親が多いものの、父親も参加していました(自営業のほか、会社で半休を取って参加する人もいます)。皆さん絵本のことをよく勉強していて、圧倒されました。何だか私だけがド素人のようです……。

 こりゃ失敗したかな。やめようかな。
 不安になりましたが、学校の先生が初心者向けにレクチャーをしてくれましたし、子どもたちに働きかける意志さえあれば誰でもOKとのこと。
 説明を聞いて、なるほどと思いました。後ろの子にも見えるよう、大きな絵のものが向くのだとか。そして声は大きくなくてもいいから、ゆっくり丁寧に読み上げるのが良いのだとか。

 読み聞かせのおすすめ本の一覧も、バッチリ用意してありました。
 これで大丈夫かな……? と、一応は思えます。

 ちなみに公共図書館にも読み聞かせのコツをまとめた本はいろいろありますが、この時点では一冊も読んでいませんでした。ノウハウはあるらしいが、何だかよく分からないといった感じです。
 そのまま、本番の日を迎えてしまいました。後は実践あるのみ、というところなんでしょう。

 ドキドキだけど、こうなったらもう勢いでやるしかない。
 そう自分に言い聞かせて、教室に入りました。
 だけどやってみて、ハマったの何の!

 こっちがビックリするぐらい、子供たちは目を輝かせて聞き入ってくれたのです。要所要所でどっと笑い、物語の世界にすんなり入ってくれました。
 私は声も小さくて、人を引き込む魅力に乏しくて、お仕事だって接客や営業は何とも苦手でした。まさか自分の読み聞かせがこんなにウケるとは。
 もちろん私の技術ではなく、絵本自体が魅力的だったんですが、それでもうれしかったです。

 ところで、うちの息子は何をしているの?
 と思って視線を走らせると、彼は集団の後ろで腕を組み、喜んでいるクラスメートを満足気に眺めてうなずいていました。
 何様だ、君は(笑)。
 そんなわけで「いじめ防止」の目的はあっさりと消えてしまいました。別に心配するほどのことでもなかったのです。

 終わってからの、子供たちの「面白かった~」、「また来てね~」の言葉。私は完全にノックアウトされました。こちらこそ、こんなに喜んでくれてありがとう、と言いたいぐらい。
 というわけで、息子が一年生のうちだけ読み聞かせ会に参加するつもりだったのが、結局二年生でも三年生でも継続。あげく、小学校卒業までやることになりました。もちろん介護などの個人的事情で参加できなかったこともありましたし、イベントそのものがコロナ禍で中断を余儀なくされた時期もありましたが、本当に楽しい経験でした。

 ちょっと話題がそれますが、このコロナ禍で絵本の読み聞かせ動画を作る人が増えました。だけどそれを不特定多数に配信することは、著作権侵害に当たるのでNGだそうです。ちょっと前までYouTube等でよく見られましたが、今はほとんどないはず。
 でも教育目的で、学校内だけの配信ということであればOK。うちの学校もこれで読み聞かせを復活することになり、編集作業のできるお父さんが腕を振るってくれました。私もこの動画に出演しています。
 でもやっぱり対面じゃないと効果を上げにくい、というのが参加した親たちの実感。録画はもちろん、ライブ配信でも今一つ。やっぱり生の声だから響くんですよね。

 とにかくこの時点では、「たかが読み聞かせ」と思っていたことがこんなにもウケたことが衝撃でした。
 どうも子供たちは、それほどまでに「本を読んで欲しい」と思っているようなのです。自分で読むのが難しい子も、どうやら「本って面白そうだな」という意識は持っているよう。

 読み聞かせの大切さはいろいろな所で言われているし、どの親も「読んであげたい」と思ってはいるんですよね。でも現実には忙しくて、それどころじゃないケースが多い。睡眠時間を削ってまではできない。子供自身も「お母さん、忙しそうだな……」と思えば、遠慮してせがまないことも多いそうです。
 だったら別に親じゃなくても、と思うのですが、いかがでしょうか。

 もちろん集団読み聞かせとなると、結構ハードルは高いです。学校での読み聞かせは保護者限定であることが多いし、公共図書館の方はそのボランティア団体に所属してやることになるため、それだけの時間と労力をつぎ込む覚悟が要ります。
 だけど親戚の子や友達の子に会う時などに、絵本を手渡して読んであげることはできるかもしれません。

 学校司書の先生がこんなことを仰っていました。
「今の子って、名作を全然読んでないんですよね。『ぐりとぐら』も知らないんですよ~。びっくりしちゃう」
 いやいや先生、そりゃそうですよ! 読んでもらってないんだもの。
 だけどその穴を少しでも埋めるために、学校側は読み聞かせイベントを設定しているのだそうです。一人でも多くの参加が望まれます。

 うちの学校では読み聞かせ会の後、子どもたちは「もう一回、読みたい」と言い合って自発的に学校の図書室や公共図書館に足を運んでくれました。あるいは親にせがんで買ってもらった子もいたようです。
 この「効能」は低学年の絵本読み聞かせでもありましたが、高学年でブックトークを始めた時には、さらに顕著にみられました。
 もちろん全員が全員、そうなるわけではありませんが、これは読書好き、という一種のスキルが活かせる貴重な機会だと思います。他の保護者だって、自分の子を読書好きにしてもらったら有難いと感じるはず。

 ちなみに、もし集団相手の読み聞かせをする機会があったら。
 決して上手に読む必要はないし、演劇じゃないので、過剰な演技等も必要ありません。
 だけど一番大事なのは、読んでいる本人がその本を好きであること!

 好きという気持ちは、たとえ隠しても相手に伝わるものなんですよね。逆に「私は好きじゃないけど、教育上良さそうだから」という理由で本を選ぶと、子どもたちはたちまちその嘘を見破るそうです(これは実践してみて、まったくその通りだと思いました)。
 なので私も最初のうちは他人のおすすめ本で実践したけれど、だんだん自分で本をセレクトするようになりました。「私のおすすめよ!」と本気で言わなければ伝わらない。これは大人相手に本を勧める場合でも同じなのかもしれません。

 ついでにもう一つ、読み聞かせの効能を挙げておくと、読書が苦手な子を本に導くという点も大きいです。

 このサイトに集う皆さんには、本好きな方が多いと思います。読解力はある方でしょう。学生時代には国語なんて特に勉強しなくても「5」が取れるものだった、という優等生もいるんじゃないでしょうか。

 だけど「1」とか「2」の人の気持ちを想像できますか? 
 この世の中、本を読めない層が結構な割合でいるようなのです。この国では誰もが、最低でも9年間の義務教育を受けているはずなのに、です!

 ディスレクシア(読み書き困難)は発達障害の一つですが、はっきりと診断がつくレベルの人が人口の約2%、ごく軽度の人まで入れると10%ほどなんだとか。
 この人たちが子供時代に読み聞かせをしてもらっていたら、結果は違っていたでしょうか。
 いや、そこまでは言えないかもしれない。でも本に対してプラスのイメージを抱いて成長するだけでもだいぶ違うと思うのです。読めないまま、本が嫌いなまま大人になってしまうと、だいぶ厳しい。この層には子供のうちに、かなり強めの働きかけが必要です。

 うちの息子はディスレクシアではないようですが、それでも文字を追うことは得意ではありません。文字情報から脳内で映像を再生するのが難しいようです。だったら本よりも、ゲームや動画視聴の方が楽しくなっちゃいますよね……。
 普通の子でもそうなのですから、発達障害の子は余計にその傾向があります。親の読書量と子供の読書量は比例する、みたいな話もよく聞きますが、発達障害の問題がからむとそう簡単なことじゃありません。

 それでも、あきらめたくはないものです。うちの息子も読み聞かせをしてあげる時は、集中して聞いてくれました。いつもとは、脳の活性化されている部分が違うと感じます。
 すぐに結果が出ずとも、何度も繰り返すことが良さそうだなと、これは私の直感。知能の一部に困難があるのは事実だけど、そういう子にこそ、本に触れさせる工夫が必要なんじゃないでしょうか。

 ……というわけで、もう中学生になったというのに、私はつきっきりで彼の読書に付き合わされています。読書感想文も、テンプレートに頼らないと書けません(笑)。
 
 生まれ持っての障害の取り扱いは、本当に難しいです。でもちょっとした改善を目指すことはできると思うのです。ここをクリアできたら、世の中の読書人口が激変するかもしれません。
 本当は、大人にも読み聞かせが必要なのかもしれませんね。そのあたりは、今後研究してみたいところです。
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