第34話 おっかなびっくりPTA改革④

文字数 3,727文字

 少し間が空いてしまいました。今回はこの間に現実に起こったドタバタをお話しします。「何て馬鹿な奴らだ」と呆れられてしまいそうですが、まあお付き合いくださいませ(笑)。

 PTA改革の話をするはずだったのに、前回のラストで急激に趣旨がずれてきてしまいました。
 しかし。
 PTAに限らず、何らかの組織に入った時に人を悩ませるものって、やっぱり人間関係なんですよ。
 やっぱりそこなんですよ!

 Nさんには、はっきりと口説かれたわけではありません。だからそういう解釈をするのもどうかと言われそう。
 だけど耳元でささやかれた甘い言葉は、やや社交辞令の範囲を逸脱していたような。
 正直に申し上げて、Nさんはとても魅力的な方。私とて悪い気がしたわけではありません。独身同士だったら、グラついただろうな。

 だけど小説の書き手であるというのは、こういう時に強いのかもしれませんね。どんな状況にあっても、冷徹なまなざしを注いでいるもう一人の自分がいる。たとえジェットコースターに乗せられても、淡々と「これはどういうことなのか」と考えてしまうわけですよ。

 というわけで、私なりにこの時点で分析しておりました。
 N氏のささやきには、どんな意味が込められているのか。
 いくつかパターンが考えられました。

 ①「これはテストだよ? 君が簡単に落ちるかどうか」
 →火遊びをしたい? だったらよそでどうぞ(ここはPTA室です)。

 ②「僕は本気です。付き合ってください」
 →実は一番厄介なパターン。W不倫だよ? あんた、分かってんの。

 ③「オレの愛人リストに君を加えてやってもいいぜ」
 →ここまで来ると病気ですね。(オペラのドン・ジョヴァンニを思い出す……)

 ちょうどこの頃、まったく別のルートからN氏の黒い噂が耳に入りました。
 ああやっぱり過去にやらかしていたか。私は噂そのものは信じないし、目立つ人だから噂も立ちやすいのでしょうが、それを差し引いても、という話です。N氏には女性を口説き慣れた様子がうかがえました。

 ここで黒認定。
 上記の③だと私は結論づけました。
 ムカつきました。既婚者の方が後腐れなくて良い? そりゃ相手の女性も被害を訴えにくいですもんね。特にPTAに集う女性は真面目で、頼まれたら断れないタイプですから、いちいち都合が良いですよね。遊び相手を探すにはもってこいですよね。

 ……何て悪い男だ(怒)! 許さん!

 ちょうど学校行事の関係で、うちの夫が学校に来るというチャンスがありました。そこで私はN氏に引き合わせ、夫から挨拶をしてもらいました。

「どうも~。いつも妻がお世話になってます~」
 満面の笑みで頭を下げる夫に比して、N氏はやや硬い表情。
 N氏ご本人からは奥様とあまりうまく行っていないことを聞いていましたから、自分たちの仲を見せつけるような行為は、普通はマナー違反でしょう。でもここは釘を刺しておいた方がいいと思ったのです。
 お願い、分かって、と私は心の中で念じました。伝われば良いのです。友情以外に育むものはないよ、と。

 ところでうちのPTAでは、普段の連絡に某ビジネス用チャットツールを用いています。
 これまでN氏から私に再三送られてきたコメントには、行間に熱い思いが溢れ、PTA改革に挑む強靭な意志がみなぎっていました。私はその強烈さに辟易しつつも、けっこう面白がって読んでいたものです。
 
 が、この時からガラッと様相が変わりました。
 いつものようにN氏に事務連絡を送ったら、(既読スルーではなかったものの)妙につっけんどんな返答。明らかに怒りが滲んでいます。文字のやり取りは対面よりはるかに気を遣いますが、それはこうして一時の感情が必要以上に強く伝わってしまうからでしょう。

「うわ~。やっぱり癖の強い人だな……」
 私はスマホ片手に絶句。こりゃ相当怒らせてしまったな。
 N氏にしてみれば、途中で梯子を外されたような感覚だったのかも。張り切ってPTA改革をお手伝いする私の態度は、向こうからすれば個人的な好意と受け取れるものだったのかもしれません。

 だけど数日で収まるだろうと、この時点ではタカをくくっておりました。この人は私に振られたぐらいで、痛くもかゆくもないはず。だいたい若者の失恋のような純粋な気持ちとは違うわけで、むしろその怒りは自分の価値観(=常に上から目線でいたい)が通用しなかったその苛立ちから来るものだろうと思ったのです。

 これがちょっと甘かった。ダメージを受けたこの人は、パタっとチャットツールへの投稿をやめてしまったのです。
「会長ってば、あんなに熱かったのに、最近どうしちゃったの……?」
 他の役員さんが心配していましたが、ご本人は「仕事が忙しい」の一点張り。そう言われれば、それ以上声を掛けることはできません。

 結局、困ったのは私です。
 PTAでは年に一度の大きなイベントを控えて、その準備に追われていたところだったのですが、当てにしていたN氏の協力が得られなくなって、私は一人で仕事を抱え込むことになりました。

 これはまた別の問題になりますが、PTA執行部のメンバーに「専業主婦」が何人いるかは結構重要だったりします。結局、平日昼間に動ける人が中心となり、指示を出す側になるわけです。
「働くママ」は、いわばアルバイト。限定的なお手伝いです。普通の職場とは逆転現象が起こってしまうわけですね。どのぐらい活動に時間を割けるかが問われてしまうので、ある程度は致し方ないところです。

 ちなみに働く女性の方がITスキルが高いように思われがちですが、これも何とも言えないところ。専業主婦だって「かつて」のスキルがある人もいるし、むしろ勉強に時間を割くことができるので、デジタルツール使いまくりです。
 むしろ自宅にPCがあって(スマホだけで生きている人も意外と多い)、どの程度きちんと使いこなしているかが問われているような気がします。PTA改革にはデジタルの要素が必須ですが、導入もメンテナンスも、やるのは専業主婦だったりするのです。

 で、私はけっこう都合よく使われてしまう立場。仲間には時々言われます。
「私も、AさんもBさんも、仕事が忙しいからさ」
 それが事実だとは思う。でもそう言われる時、見捨てられたような気分になるのです。
 やらなければならない仕事がまずあって、「私はできない」と言う人がいる場合、残された人の負担をどう考える? もちろんその仕事をもう投げ出して、一切やらないという選択肢もあるでしょうが、これはしばしば他の犠牲を伴います。

 だからこそN氏の熱心さは有難かったのに。「あおぞらさんが一人で抱え込むことはないですよ。私も一緒に背負いますよ」と言ってくれた時の、あのうれしさといったらなかったのに。
 私は孤独に立ちすくみました。

 異性同士の面倒臭さはこういう時に表に出てきます。そして言うまでもなく、同性の、知らず知らずのうちに競い合ってしまう感情もまた厄介なのです。
 他のメンバーが、どんどん親しくなっていく私とN氏をどう眺めていたのかも、ここで思い知りました。助け船を出してくれない理由は(本当に忙しいというのもあるでしょうが)、たぶんそこです。
 泣きたいような気持ちで、私はイベントの準備をほぼ一人で進めました。

 そして迎えた、イベント当日。
 冒頭の「会長挨拶」がどうなることかと内心ハラハラしていましたが、ここはさすがのN氏。爽やかな弁舌で、完璧とも言える挨拶をされていました。
 私も総合司会としてマイク片手に笑顔を振りまき、来てくれた人にスライドを見せ、一人でトークショー(だって誰も協力してくれないんだもん。もちろん他のメンバーにも、一定の役割は振りましたけど)。へこたれている場合じゃありません。

 N氏とは、少し落ち着いた頃に話をしました。
 もちろん直接的な話ではないけれど、これまでに彼がぶつかってきた理不尽や、それでもPTAや地域のつながりを大切にして、世の中を良くしていきたいという思いを聞くことができました。

 頭の良い、恵まれた人でも、何もかも思い通りに行くなんてことはないようです。彼の弱さと、同時に誠実さが伝わってきました。
 そんなに悪い人じゃなかったんでしょう。むしろ不器用で寂しがり屋で、だからこそ面倒臭い仕事を引き受けてもくれるわけです。ほんのちょっと偏執的な一面はありますが、これは誰にでもある癖のようなものでしょう。
 浮気は駄目だけどね!!

 というわけで、ここ一か月ほどは非常に目まぐるしい毎日でした。NOVEL DAYSでまたコンテストが始まっているのは知っていたけれど(参戦したかった! 残念)、今回は皆さんの作品を読ませて頂くのみにします。

 N氏にはさんざん振り回されましたが、観察対象として非常に興味深い人です。せっかく今年度いっぱいは一緒に活動するわけですから、これをチャンスと捉えてこっそり分析させてもらうことにしました。
 いつか、フィクションの世界で彼のキャラを描いてみます。
 覚えてろ。これが私の復讐だ(笑)!!

 PTA改革のまとめは(そっちが肝心だった)、次回に回します。

 
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