第17話 『怖いクラシックコンサート』

文字数 2,159文字

 先日オンライン鑑賞した『怖いクラシックコンサート』のご報告です。
 実を言うと、「まあまあ」が正直な感想だったので(笑)、ここで取り上げるかどうか迷ったのですが、感動できた部分もあるので書いておくことにしました。



「怖い」って何? という方のために念のため書き添えておきますと、そもそもはベストセラーとなった『怖い絵』というタイトルの本があるのです。ドイツ文学者の中野京子さんによる西洋美術の鑑賞ガイドで、シリーズ化されています。「恐怖」をキーワードに、初心者が興味を持ちやすい切り口で語られているのが大変新鮮な本です。

 同じコンセプトで開かれた美術展も大盛況でした。背筋がぞっとする体験を求めている人は多いんでしょうか。普段は美術館に行かない層も、その時期は上野で行列を作ったとか。
 怖いもの見たさってやつですかね(笑)?

 恐怖って未知のものに対する、漠然とした不安から来ていると言います。生物が危険を察知するための本能。こんなに緊張を強いられるものはありません。
 つまり、これほどストーリーの源泉となる感情もないんですよね。
「喜び」や「安心」だけでは誰も走り出しません。「怒り」だって「恐怖」の裏返しとされますが、そうしたマイナスの感情こそが物語の原動力になっていくもの。だから「怖い」と言われると、人はそれだけで物語の存在を感じるんですよね。『怖い絵』が売れたのもうなずけます。

 で、今回のコンサートも、同様のコンセプトだったわけです。
 中野先生が「恐怖」をテーマにクラシック音楽でのプログラムを監修し、ご本人が当日ステージで解説してくれるというイベント。
 ステージ上に大きなスクリーンを垂らし、観客に西洋絵画を見せながら、その下でオーケストラと歌手が生演奏と歌を聴かせてくれる、盛りだくさんの内容でした。

 実際に見た感想はどうだったかというと。
 ちょっと予想はしていたのですが、あれもこれも「盛り過ぎ」(笑)。これじゃ、どこが大事なポイントなのかが見えなくなってしまいます。
 特に、曲と関連の薄い絵画は不要だったかも。今回はクラシック音楽の中で、恐怖感をイメージにした曲だけを選べば良かったのでは、と思いました。
 音楽の方だって、すべてを「恐怖」でまとめるのは苦しい選曲だったかな、という印象。どこを選び、どこを削るかって、難しいものですね。

 でも中野先生の解説自体はさすが。私の知らない話も結構あって、「へ~」「そうだったんだ」の連続でした。

 歌と演奏も良かったです。で、この日私が最も感動したのが、オペラ『蝶々夫人』より「私のかわいい坊や」(プログラムにある『ジャンニ・スキッキ』から変更)。
 ソプラノの砂川涼子さんの絶唱に、胸がいっぱいになって涙が出てしまいました。

 普通は『蝶々夫人』から何か一曲をという場合、有名な「ある晴れた日に」を選ぶのが普通かと思います。でも今回はそういう明るい曲ではなくて、ラスト近く、自害を決めた蝶々さんの絶望の歌でした。

 自分は死ぬけれど、幼い息子には堂々と生きて行きなさいと言い聞かせる。
 狂気と隣合わせの、あまりに悲しい歌を、砂川さんは全身で表現して歌い切っていました。

 何に心を動かされたって、砂川さんのこの演技力だったような気がします。
 砂川さん、素晴らしい。ファンになっちゃいました(笑)。そして、この人の演じる『蝶々夫人』を見たくなりました。

 でも『蝶々夫人』というオペラは、せっかく日本が舞台でありながら、日本人には不人気なんですよね。だから日本ではあまり上演されないんですよね。
 実を言うと、私もあまり感情移入できません。だって蝶々さんは、たった15歳の女の子ですよ。外国人の「現地妻」にされ、その人の子供を産んで、挙句の果てに捨てられて……ラストは自殺するなんて、あまりに救いがないじゃないですか。欧米の方は「蝶々さん、かわいそう……」と素直に涙を流せるそうなのですが、それってちょっと「上から目線」が入ってない?と言いたくなってしまいます(笑)。

 日本人としては、考証のおかしな所もスルーできません。
 登場人物の名前からして、
「スズキ」って女性の名前じゃなくて名字なんですけど?とか、
 伯父さんの名前が「ボンズ(坊主)」って何なの?
 といった具合で、挙げたらキリがない(笑)。プッチーニの時代の異国情緒って、こういう感じだったんでしょうけどね。
 ただし、着物の着付けや演出は、日本人が担当者になっている場合はかなり自然な形になるそうです。見るならそのパターンが良いのかもしれません。

 中野京子さんはオペラ解説本も出していますが、やっぱり『蝶々夫人』については説明が苦しかったんでしょうか。物語じゃなくて、イタリア語の美しい歌に集中しましょう、みたいな感じで書かれていました。

 だとすると、今回みたいなコンサート形式で歌を聞くのもありですね。砂川さんの歌に素直に感動して泣けた私は、ラッキーだったのかもしれません。ここだけはオンラインじゃなくて、現地で生の声を聴きたかったです。

 さて前回の話からいくと、『カルメン』の話をしたいところではありますが、ここは「まあまあ」だったということで(笑)。
 次回、お気に入りDVD『カルメン』の記事にしたいと思います。
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