第16話 小説のヒントになる? オペラについて

文字数 3,239文字

 小説のインスピレーションの源。
 皆さんはどこから刺激を受けているのでしょうか?

 人それぞれだと思います。プロの書いた小説、という人もいるでしょうし、ゲームやアニメだって構わない。仕上がった小説の完成度が高ければ、スタートは何でも良いのだと思います。

 私の場合は歴史小説が多いので、歴史本(歴史小説ではなく、歴史家によってノンフィクションとして書かれたもの)からヒントをもらうことが多いです。でもキャラクター設定や物語の雰囲気などは、ちょくちょく「オペラ」から借りています。

 え、なぜオペラ?
 と突っ込まれそうですね(笑)。唐突ですよね。あのキンキン声で歌う、気取った舞台芸術のどこが小説執筆につながるのかって。

 でも、オペラの歌って人間の感情を最大限に引き出し、最高の技術で表現したもの。たとえ意味が分からなくても、心が揺さぶられることも多いのです。そこが感動の源泉ではないかと。
 そしてオペラって、歌で物語が進行しますよね。言葉で細かい部分を説明できない。だからなのか、いろいろな部分がデフォルメされていて、分かりやすくなっているんです。

 特に登場人物の性格についてそう感じます。演目にもよりますが、物語はほぼ時代劇(かそれに近い感覚のもの)なので、余計にキャラがはっきりと描かれているような気がします。

 似たような芸術ジャンルに「ミュージカル」がありますが、こちらは現代劇が多いということもあって、物語は分かりやすいのですが、意外とキャラクターデザインは複雑。私にとってはオペラの方が、自分の作品のお手本にしやすいのです。

 音楽に詳しい方の文章だと、もっと違った部分に焦点を当てるでしょう。マイクなしで劇場の隅々にまで声をいきわたらせる声量のすごさとか、オーケストラピットで奏でられる、生のオーケストラの迫力とか。最近では観客をビックリさせるようなモダンな演出も売りだったりします(もちろん、それらいずれも素晴らしい)。
 でもここでは、読んで下さる皆さんが小説執筆をしている方だと仮定して、創作のヒントになるかな、と思われる部分の話をしてみたいと思います。

 オペラって、その役の声域で(例えば「ソプラノ」なのか「メゾソプラノ」なのか)、性格まで決まっちゃう側面があります。大雑把に言えば「ソプラノ」が若い娘の役で、純粋無垢なヒロインであるのに対し、「メゾソプラノ」や「アルト」は大人の女性で、ヒロインをいじめる恋敵で、しばしば悪役だったりします(笑)。

 同じことは男性の「テノール」と「バリトン」「バス」との関係にも言えます。
「オペラとは、愛し合うソプラノとテノールを、メゾソプラノとバリトンが引き裂く物語である」とかいう言葉もあるそうで、これは極端だけど言い得て妙だと思います。

 だけど、思わず反論したくなりますよね?
 声が高いからって、性格が良いとは限らないじゃん!……みたいな感じで(笑)。

 これは、オペラの長い歴史とともに発展してきた形式なのだそうです。実際にいくつか作品を見ているうちに腑に落ちます。オペラは歌によって、声の質によってすべてを表現しているわけですから、キャラクターデザインも当然そこに含まれているわけです。

 清純なイメージのヒロインが舞台に登場し、美しいソプラノで歌い出したとき。
 彼女が「善人」であると分かるので、観客は安心して感情移入できます。そしてこの後に起こる悲劇を予想し(というか、物語はだいたいすでに知っているのですが)、涙を流す準備までしてしまうといった具合。

 となると、なぜオペラでは太ったおばさんが絶世の美女を演じるのかが分かります。
 要するに「声」なんですよ。「声」が若くて善良な娘そのものであるなら、ルックスは二の次です(いや、最近はそうでもないのですが、その話は別の機会に)。

 これは日本の歌舞伎における「女形(おやま)」と比較されることもあるようです。お爺さん世代の役者さんが、お姫様の役をやっていることがありますが、観客はそういうものと理解して観ますよね。
 要するに、それが「お約束」。その芸術における様式美というわけです。

 私の一番好きなオペラの演目は、『カルメン』。
 そう、ビゼー作曲の超有名なあれ、です。前奏曲も間奏曲も、もちろん随所のアリアも、もう全曲が有名と言っていいほど。だから『カルメン』が好きというだけで、詳しい方には初心者丸出しと言われちゃうかもしれません。

 だけど『カルメン』は小説が下敷きになっていることもあって、物語がすごくリアルで分かりやすいのです。要するにストーカー殺人の話なんですが、19世紀の物語とは思えないほど、現代人にも納得しやすい内容になっています。

 しかもキャラクターがはっきりしていて、こちらも分かりやすい。
 オペラには珍しく主役がメゾソプラノなんですが、なぜだと思いますか?
 ええ、そうです。カルメンが悪い女だからですよ(笑)!

 ざっくり、あらすじをご紹介します(※以下、ネタバレあり)。

 カルメン(素行の悪いジプシー女で、メゾソプラノ)は真面目な兵士のホセ(二枚目の美青年で、テノール)を気に入り、誘惑し、自分の恋人にします。ホセはカルメンのために軍隊を脱走し、堅気の生活を捨ててしまいます。

 可哀想なのは、ホセの婚約者ミカエラ(純情可憐な乙女で、ソプラノ)。カルメンにすべてを奪われた彼女の嘆きを、どうかお察し下さい……。

 さてすっかりカルメンの魅力に溺れてしまったホセは、ヤクザ仲間に入って密輸を手伝います。
 それなのにカルメンはすぐにホセに飽きて、今度は闘牛士のエスカミーリョ(「おれ様、かっこいいだろ」って感じのバリトン)に恋をしてしまいます。

 カルメンに捨てられ、落ちぶれたホセは、次第にしつこいストーカーと化していきます。そして大スター、エスカミーリョの恋人の座に収まったカルメンを見て激高。ついに彼女を刺し殺してしまうのです。

 カルメンが崩れ落ちるラスト。泣き叫ぶホセ。
 遠くからかすかに流れるあの「闘牛士の歌」が切ない……。

 こんなに暗い結末なのに、なぜでしょうね。見ていると元気になれるんですよ。
 たぶん音楽がすばらしいからでしょう。何度聞いても、そのメロディは擦り切れることなく、私たちの心を揺さぶります。

 でも、音楽だけが良くても、なかなかそこまで感動できるものではありません。やっぱり物語もよくできていると思うのです。『カルメン』の場合、その相乗効果で感動がより大きくなっているような気がします。
 カルメン、ホセ、ミカエラ、エスカミーリョは「主役四人」と言い表されますが、この四人のキャラがまあ「立って」いること! 現実の人間はもっと複雑にできているわけですが、キャラクターを描く時には単純、かつちょっと極端なぐらいでちょうど良いのかもしれません。この四人、かなり創作の参考になるかと思うのですが、いかがでしょうか。

 『カルメン』については、まだまだ語りたいことがあるのですが、それはまたの機会に。

 さて私は明日、ライブ配信で動画視聴をする予定です。ここにまた『カルメン』が出てきます。
 「怖い絵」シリーズで有名な中野京子さん監修の『怖いクラシックコンサート』。
 何がどう「怖い」のか、まだよくわかりませんが、「怖い絵」シリーズは本も美術展覧会もすごく面白かったし、勉強になりました。で、私は中野先生が大好き……ということで、思わずオンライン視聴ボタンをポチっとしちゃいました(笑)。
 
 演奏曲目はいろいろですが、主にオペラの名曲を聴かせてくれるみたいです。そうそう、中野先生はオペラにも詳しくて、解説本も分かりやすくて良いですよ。
 明日のコンサート、『カルメン』からは複数の曲を使うようです。

 果たして怖いのか、楽しいのか。
 感動できる内容だったら、これも記事にしてご報告したいと思います。報告がなかったら、まあその程度だったんだな、とご理解下さい(笑)。
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