第33話 おっかなびっくりPTA改革③

文字数 3,570文字

「次の会長は、例えば、あおぞらさんでも良いかと思うんだけど……?」
 前会長のYさん(男性)が雑談交じりに打診してきたのは、去年の秋ごろだったでしょうか。

 私がぎょっとしているのをよそに、Yさんは続けます。
「何も会長は男性、副会長は女性と決まっているものじゃないんですよ。あおぞらさんも連合会の会合に出たから知ってるでしょ? 女性が会長をやっている学校だってあるんだし」

 そりゃありますよ。リーダーシップを発揮できる有能な女性なら、学校の校長先生だって、会社の社長だってこなせるでしょう。
 うちの学校のPTA会長には、伝統的に(地元の&有力者の)男性が就くという暗黙の了解があったのですが、それが時代錯誤であることぐらい、私にも分かります。

 だけどなあ~。
 私の脳裏には、すべての意見をやんわりと否定してくる女性の先輩たちの顔が次々と。優しそうに見えて、並大抵ではない人たちです。
 そこを何とかできなかったのは、私の力不足。私では人が付いて来ないだろうな、というのが正直なところでした。私に白羽の矢が立ったのは、Yさんのお心遣いでしょうが、やっぱり実力が伴いません。

「……無理です、Yさん。どなたか、優秀な男性を引っ張ってきて頂けませんか?」
 私がそう頼んで、その場は終わり。

 そして、新会長として颯爽と現れたのは、Nさんという方でした。
 とにかく頭が良い方だから、と聞かされました。確かに最高学府のあの大学を出たエリートビジネスマンで、お子さんたちもまた超優秀。小学校でも会長をなさっていたこともあり、地元では有名人です。
 頭が良いだけでなく、カッコよくてお金持ち。コロナ前は世界中を飛び回っていたとかで(それで会長職をこなせるのが不思議)、同年代の男性としては、最上級のキラキラ度です。

 あのNさんが来る、となっただけでその場にいた女性の先輩たちは騒然となりました。それがあからさまなので、Yさんが拗ねてしまう一幕も。
「皆さん、Nさんに早く来て欲しいんでしょう。私には早く引退して欲しいんでしょう(涙)」
 こちらは皆で慰めましたが、Yさんみたいな男性も、かわいいですよね(笑)。
 
 私はといえば、副会長の二年目。実際に本部の役員さんたちを切り盛りするのは副会長の筆頭なのですが、私はこの役目に就いて、次の新しい会長を補佐するよう言われました。
 ひゃ~。あのNさんと一緒に活動するのか。
 密かに息を呑んだのは言うまでもありません。
 ドキドキしながら、初対面のNさん(私は知っていたけど)にご挨拶しました。相手が3ランクぐらい上の男性だと思えば、気後れして目も合わせられません。

 果たしてこんなにすごい人と、コンビを組めるのか?
 迎える側なのに、立ったままビクビクしている私とは対照的に、初めてやってきたNさんは悠然と椅子に腰かけ、大きく脚を組んでいます。
「よろしく、あおぞらさん。楽しく、やりましょうね」

 ん? と思ったのは、「楽しく」の部分にやけに力が入っていたから。
 この人は知っているな、と思いました。PTAの運営って人間関係のトラブルが付き物。最初は楽しい雰囲気でスタートしても、年間通してその和やかな雰囲気を維持するのは容易ではありません。
 でもそこを踏まえて言ってくれたのなら、意外とうまくやれるかもしれないと思いました。

 実際、改革派の辣腕新会長をお迎えしたのは、私にとってはラッキ―なことでした。
 だって前回に書いた通りです。外から見れば時代錯誤としか思えないあれこれが、中に入ってみると簡単には動かせなくて。理想論ばかり言っている私は、現実にはお手紙の文言一つ変えられなかったわけです。

 Nさんがじっくり話を聞いてくれるタイプだったので、私は促されるままに昨年の不満をしゃべりました。
「私だって、PTAの現状に問題は感じています。だから機会を見て意見を出したんですけど、もう本当に全部、ひねりつぶされてしまうんですよね……」

 Nさんは私の抱えてきたストレスに同情してくれ、これからは心配いらない、自分が改革の先頭に立つと力強く言ってくれます。さらに足りないスキルは自分が補う、問題が生じたら自分が責任を取ると、実に頼もしい口調で仰るのです。
「あおぞらさんの思う通りになさったら良いですよ。校長や教育委員会に掛け合いが必要なら、私が出て行ってガツンと言いますから」
 自信満々の笑顔を向けてくれます。

 私は目の前の霧が晴れるようでした。
 ステキ! 何という、頼もしい会長さんでしょう!

 もちろんこの時点で、ちょっとだけ異様な空気を感じ、この人の雰囲気に呑まれてしまいそうな気がしたのも事実です。大言壮語とまでは言わないけれど、いくらあなたがT大卒だからって、そんなに簡単に変えられるものですか?

 とはいえNさんは小学校での実績がある方です。しかもその有能さときたら、まったく、噂で聞いていた通りでした。
 連綿と続いてきた、意味の分かりにくい不親切なお手紙の数々は、Nさんの手にかかれば魔法のように早変わり。分かりやすく、親切丁寧。しかも親しみを覚える文面です。

 私は去年の反省というか、反動もあって、他の本部役員さんたちが意見を言いやすい環境作りに徹しました。先輩が威張り腐るとか、役職ごとの仕事内容を秘密にするといったような雰囲気(そう、意味不明の秘密主義があったのです)はもう全部撤廃です。
 楽しくやる、が信条ですからね。みんなが笑顔でいられるPTAにしなくては。
 Nさんはそんな私の働きぶりも、非常に高く評価してくれました。

 一般論として、PTAの運営については本当に大きな問題になっています。中には訴訟沙汰にまでなっているケースも。
 Nさんはそうした事情にまで通じていて、配布物の内容で私たち本部役員が後で叩かれることのないよう、配慮もしてくれました。

 一方で、情報発信には積極的。
 私はあるとき、つぶやきました。
「よその学校で、PTAのLINE公式アカウントを作った所があるんですよね~。なかなか良さそうなんですよね~。うちもいつかやれたらと、思っているんですけど……」
 数か月かけてやる仕事だと思っていました、この時は。今は打診だけしておいて、仲間内で作戦を練って、ちょっとずつ実現できればいいかな、と。

 だけど驚いたことに、Nさんはその日の夜のうちに作り上げてしまったのです。しかも、すぐに試験運用ができる段階に。

 ちょっと一人で暴走する気配は感じたけれど。
 Nさんの仕事は完成度も高いので非の打ちどころがありません。他の人が作ったら、ここまで良いものは作れなかっただろうと思うほど素晴らしいものでした。
 公開する前に校長先生を始め、学校側にプレゼンをする必要がありましたが、Nさんに頼んだらその準備もすぐに出来上がりました。

 実際、学校側からはすぐにOKが出ました。
 どこまで完璧なんでしょう、この人は。私も他の本部役員さんたちも、ため息ものでした。

 私はそんなNさんをお手伝いできるのが、うれしくて仕方がありませんでした。みんながPTA本部をお友達登録してくれて、こちらもどんどん発信していったら。
 今後は学校を通じた「お手紙」よりも、はるかにカジュアルな内容を届けることができます。PTA本部と一般会員の距離はぐっと縮まることでしょう。

 こういうことを、私はやりたかったのです。

 最近ではPTAの改革に男性が参画するケースも増えているようですが、なかなか「やり切れる」人は多くないようです。何しろPTAに集う女性たちは、素直じゃないおばさんばかり。男性が一人入ってきたぐらいで、動じるものじゃありません。
 男性側からすれば「オレの意見を聞かないなら、オレが会議に出る意味なんてないじゃないか!」と言いたいでしょうけど、女性たちからすれば「じゃあ本当に説得力のある意見を述べてみなさいよ」と冷たい視線。いくら地元のお坊ちゃんで、有力家系の人であろうと、あんたなんか怖くはないというのが普通なのです。

 Nさんは自分の実力で成功された方。それだけで有無を言わせぬ強さがあります。
 しかも、その有り余る能力をPTAのために使ってくれるなんて。

 私は張り切ってNさんの側に立ち、他の本部役員さんを束ね、会議の司会進行をし……。
 これなら旧態依然としたわがPTA本部も、改革が進められるかもしれないと思いました。

 すべてが順調かと思った、この三月~四月。
 だけど、ニコニコ腕組みしながら私を見るNさんの視線に、何やら粘着質の不穏さが。

 ああ、ノンフィクションの苦しさですね(笑)。この先は非常に書き辛い! ここが匿名性の高い場所と信じて書いてみます。
 改革はやっぱり難しいと思った、この続きの話は次回です。
  
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