第四節 2

文字数 3,406文字

 イーサンの持ってきた三機の探査機のおかげで効率の良い捜索が行えているとはいえ、洞窟内の探索には時間が掛かった。洞窟の中で眠るのは危険なため、夜を過ごす際には必ず森へ戻る。時には徹夜で丸二日間以上、エドガルドとイーサンは洞窟内の探索を続けた。
 捜索を始めて二週間ほど経ったある日、三日連続で寝ずの探索を終えた二人は、日暮れ前に森へ戻ると食事も摂らずに眠りに就いた。翌日は遅く起き、一日を森の中で過ごすことにする。
 イーサンは午前中をシールドテントの中で過ごし、これまで収集したデータの統合と整理に時間を費やした。途中でキャベンディッシュから連絡が入り、情報の共有を行う。
『治安維持部隊の特殊作戦遂行班がジェラルド・ベラミーの脱獄準備を進めている。隊員の一人はクラウストラム刑務所に潜入中だ』
「犯罪者一人を刑務所から逃すために、特殊作戦遂行班まで駆り出したのか」
『ジェラルド・ベラミーが本当に例の起爆装置の行方を探る手掛かりを持っているのなら、脱獄は必ず成功させる必要がある。だが、まさか連盟の関与を知られる訳にはいかないからな。彼はクラウストラム刑務所から煙のように消えなければならない。そのためには特殊作戦遂行班の協力が不可欠だ』
 特殊作戦遂行班の隊員が連盟の様々な部署に赴き作戦に協力するのは普通のことだ。むしろイーサンのような立場の者の方が例外的である。イーサンは特殊作戦遂行班の入隊訓練に合格した後、特定のチームに所属する前にキャベンディッシュにリクルートされ、ティエラ山への潜入任務に就いた。以来、軍籍を残したまま治安維持局に出向しているような形になっている。
「作戦は順調なのか」
『そう聞いている。だが、ジェラルド・ベラミーは妻が救出されない限り刑務所を出ないと主張しているらしい。脱獄はお前たちがユーニス・ベラミーを救出したあとに決行される』
「俺たちがユーニス・ベラミーを探し出すより、脱獄の準備が整う方が先だろうな。〈ラハーダの自由〉に気付かれないようにするため、大人数での捜索が行えない。洞窟は広大だ。捜索にはかなり時間が掛かる」
『ユーニス・ベラミーがその洞窟にいるのは間違いないのか』
「可能性は充分あるが、確証はない。他の場所の捜索もアバスカルが継続している」
『ジェラルド・ベラミーは、あのアントニアという情報提供者にユーニス・ベラミーの無事を確認させるよう要求している。誰が彼女を見つけたとしても、アントニアの許へ連れて行け』
「分かった。アントニアをラハーダ自治区内で待機させておくよう、アバスカルに伝える」
『そうしろ』
 キャベンディッシュはそこでいったん言葉を切り、そういえば、と話題を換えた。
『ユーニス・ベラミーが運営している財団を調べてみたが、資金洗浄には一切関わっていなかったぞ。ジェラルド・ベラミーは裏の仕事で稼いだ金を、綺麗に洗ってから妻に渡しているようだな。ユーニス・ベラミーはこれまでに何度も、夫の違法な稼業をカムフラージュするためだけならやる必要もない、危険を伴う人道活動に従事してきている』
「つまり夫は違法な武器商人だが、妻は正真正銘の人道主義者というわけか」
『そういうことだ。但し、ベラミー貿易は元々ジェラルドの会社ではなく、ユーニスの父親のクライヴ・ベラミーの会社だったようだ。クライヴ・ベラミーはユーニスがまだ未成年の頃に逮捕され、都市外への追放刑に処されている。その後、成人したユーニスがジェラルドと結婚し、会社はジェラルドのものとなった』
 父親の裏稼業を夫が継ぎ、娘は夫が違法行為で稼いだ金を綺麗に洗ってから人道活動に注ぎ込む。アンバランスな自給自足の夫婦というエドガルドの言葉を、イーサンは思い出さずにはいられない。
『何かあったらすぐに報告しろ』
 イーサンが思案に耽るのも知らぬげに、キャベンディッシュはそれだけ言って通信を切った。
 一方、イーサンがキャベンディッシュと情報を交換しているあいだ、エドガルドは独りで森を散策していた。特に目的があってのことではなかったが、暫く歩いているうちに、森の奥から風に乗って微かに人の声が運ばれてくるのを耳にした。
 エドガルドは一瞬だけ緊張を走らせ、すぐに気配を殺して声のする方へ向かう。数百メートルほど進むと声は益々明瞭となり、同時に混沌エネルギーを用いた武器が使用されている気配も伝わってくる。エドガルドは木陰に身を隠しながら、慎重にそちらへ近づいて行った。
 分院の中級学師マヌエルによると、森の奥深くまで入ってくる人間は獲物を追う猟師くらいのものらしい。だが、〈ラハーダの自由〉がアバスカルの言う通り洞窟を拠点にしているのならば、洞窟を通って森に出入りしている可能性は十分にある。
 果たして、エドガルドは木々の隙間から、エナジー銃の射撃訓練を行っている十名ほどの若者の姿を捉えた。中には殆ど子供と呼んでも差し支えのない幼い顔立ちの者も混じっている。三十代から四十代と思しき数人の男たちが、彼らにエナジー銃の扱いを教えているようだった。木々の枝に的を吊るし、十メートルほど離れた場所から若者たちに銃で狙わせている。若者たちは完全に素人のようで、どうにかエネルギーを射出できる程度の腕だが、男たちは手取り足取り丁寧に銃の扱いを教えていた。
 身なりや雰囲気から、男たちはラハーダ自治区民ではないとエドガルドは判断する。〈ラハーダの自由〉のメンバーに、外部組織の人間が武器の扱いを教えているのだろう。先日のアバスカルの襲撃も爆撃球で行われていた。多量の先進兵器が供与されているとはいえ、使いこなせる者が足りないに違いない。
 若い者は吸収も早く、エドガルドが観察している僅かな間にも着実に腕を上げていく。アントニアが開示した、ベラミー貿易が〈ラハーダの自由〉へ供与した具体的な兵器の種類や数を思い出し、エドガルドは強く眉根を寄せた。宝の持ち腐れであるうちは、まだいい。だが、〈ラハーダの自由〉がそれらの兵器を使いこなせるようになれば、アバスカルの懸念通り戦争を始めることすら可能だろう。
 暫くじっと訓練の様子を眺めてから、エドガルドはそっとその場を後にした。
 エドガルドが戻ると、イーサンはシールドテントの外に腰掛けて収集したデータの整理に当たっているところだった。気配に気付いて顔を上げたイーサンは、エドガルドの顔に浮かぶ表情を敏感に読み取り、心配げに声を掛けた。
「どうした、何かあったのか」
「森の奥でエナジー銃の射撃訓練を受けている若者たちがいた。おそらく〈ラハーダの自由〉のメンバーだ。これまで武器を触ったこともなさそうな、子供に毛が生えたくらいの年齢の若者たちばかりだった。指導していたのは熟練の兵士という感じの中年の男たちで、外部組織の人間だと思う」
「〈先住民の血〉か」
 イーサンが鋭い声で尋ねる。
「分からない。テロリストというより軍人のような印象の男たちだったが、最近は〈先住民の血〉も組織化されているから、ああいうメンバーもいるかも知れない」
 学師マヌエルや宰相アバスカルの話から判断しても、〈ラハーダの自由〉は単に都市への憎悪や復讐心から政権転覆を目指しているだけの組織だ。〈先住民の血〉にとってだけでなく、王位簒奪やオイスの利権を狙う他の勢力にとっても、単純で操りやすい駒のはずだ。
「子供にまで武器を持たせて、彼らはいったい何がしたいんだ。本気で戦争を始めるつもりか。内戦は自分の国を焼く行為だぞ。分かった上でやっているのか」
 イーサンは腹立たしげに吐き捨てると、大きく深呼吸をして気持ちを落ち着けてから、現実的問題を口にした。
「森の中に〈ラハーダの自由〉のメンバーがいるということは、彼らが洞窟を拠点にしているというアバスカルの推測は当たっていたと見ていいだろう。ユーニス・ベラミーが洞窟内に監禁されている可能性も、これで高まった。ただ、森の中で〈ラハーダの自由〉のメンバーに出会さないよう気を付けないといけないな」
「宰相アバスカルの推測通りなら、彼らは森の中を移動していない。洞窟の中の秘密の通路を使って移動しているはずだ。用心のため、今後はシールドテントを洞窟から離れた場所に張ろう」
「ああ、そうだな」
 エドガルドとイーサンは荷物をまとめて洞窟から離れた場所へ移動し、改めてシールドテントを張り直した。
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