第一節 2

文字数 2,247文字

 第一ドームの植民領から動力機で一時間ほどの距離に、クラウストラム刑務所がある。
 死刑制度のない都市では、嘗て追放刑が最も重い刑罰であった。追放刑を受けた者は二度と都市に足を踏み入れることは許されず、残りの一生をカオス世界で過ごすことになる。カオス世界が犯罪者の温床にされることが倫理的に問題となり、近年では追放刑を実施する都市はない。事実上、最も重い量刑が終身刑となったことに伴い、刑務所の収容能力が不足したため、ここ二、三十年の間に都市人犯罪者を収容するための刑務所がカオス世界に多数、建てられた。
 クラウストラム刑務所もそうした刑務所の一つで、都市に委託された民間の会社が運営している。
 ひと月前、クラウストラム刑務所に一人の男が移送されてきた。男は独居房に入れられ、他の受刑者と交わる機会は殆どない。クラウストラム刑務所では、懲役刑に服す受刑者が廃棄された兵器を解体してリサイクルに回す作業に従事している。服役以来、男が兵器の解体作業に駆り出されたことは一度もなかった。その代わりに、刑務官に連れられてまるで巡視するかのようにリサイクル作業の見学に訪れた。誰が最初に名付けたのか、暗い金髪に緑の目を持つ、三十代後半と思しきこの優男を、受刑者たちは〝特別客〟と呼ぶようになった。
 この日、〝特別客〟は四角い机と椅子以外に何も置かれていない面談室で、二人の人間と向かい合って座っていた。一人は黒い髪に青い目を持つ中性的な見た目の若者で、もう一人は都市風のスーツを着込んだ中年の男性だ。監視カメラもマイクも電源は落とされ、部屋の中の会話を聞く者はこの場にいる三人の他になかった。
 黒髪の若者が心配そうに〝特別客〟に声を掛ける。
「ジェラルド、体調はどう。何か困ったことはない」
「君が想像する以上に快適に過ごしてるから、心配しなくて良い。それより輸送の手配は済んだかい」
「荷を受け取り次第、すぐに出発できるよ」
 黒髪の若者は〝特別客〟ジェラルドから視線を外し、隣に座るスーツ姿の中年男にちらりと目を遣った。男が口を開く。
「輸送にはどのくらいの時間が掛かる」
「人目につかない経路を選ばないといけないから、普通より時間が掛かる。一週間から二週間は見て欲しい」
「分かった。これが次の荷のリストだ。今回の輸送の間に、次の輸送の準備を進めておけ」
 スーツの男が腕に嵌めた小型端末から若者の個人端末にデータを送信する。
「こんなこと、いつまで続けるの」

、アントニア」
 不服そうに尋ねた若者、アントニアを(なだ)めるようにジェラルドが答えた。()れた二人の間では、微妙な声のトーンだけではっきり言葉にはしない意図を伝えることが出来る。
「アントニア、頼む。


「余計な会話をするな」
 スーツの男が鋭い声を発して二人の会話を遮った。
「お前の妻が生きてることは我々が保証する、確認する必要はない。だが、こいつが余計なことをすればお前の妻の命の保証はないぞ。そのことを覚えておけ」
「分かったよ」
 肩をすくめてジェラルドはすぐに引き下がった。アントニアの顔を見れば、自分の真意は伝わったことは分かる。
「心配しなくても、なにも一生刑務所に閉じ込めておこうって訳じゃない。仕事が終わればそのうち解放してやるさ」
「正式な逮捕状も裁判もなしにこんなところに閉じ込めておいて、よく言うよ。弁護士とも会わせてないくせに」
 アントニアが不満そうにスーツの男へ反駁する。
「なにが弁護士だ。叩けば幾らでも埃の出る身だろうが」
 すっと眼光を鋭くし、スーツの男は低い声で恫喝した。目的のためには残虐な行いも辞さない、国家の狗に特有の酷薄な匂いが男から立ち昇る。
「ちっ」
 アントニアは小さく舌打ちしてスーツの男から目を逸らした。威圧されたのではない。アントニアは幼い頃からこの手の輩を山ほど見てきており、自分たちのような人間の言うことに聞く耳を持たないことは嫌というほど分かっていた。
「お前が素直に言うことを聞いていれば、この刑務所から出すくらいのことはしてやれるかもしれん。それまで大人しくしておけ。お前のように贅沢に慣れた人間には、いつまでも刑務所の薄汚い部屋で暮らすのは辛いだろう」
 親切めかした言葉を聞いて、ジェラルドは腹の底の読めない笑みをスーツの男へ向けた。ジェラルドは都市の近傍にある貧民窟の生まれだ。刑務所など、彼の育った環境に比べれば天国のような場所である。
「私のことはどうでもいい。ユーニスのことが心配だ。生きているというだけじゃ満足できない。彼女が辛い思いをしないよう、計らって欲しい」
「お前が仕事を完遂するまで、彼女の件は

。彼女を無事に返して欲しかったら、与えられた任務を完璧にこなせ」
 それだけ言い捨てるとスーツの男は立ち上がり、顎をしゃくってアントニアを促した。
「ジェラルド、また来るから」
「ああ」
 スーツの男はアントニアを追い立てるようにして部屋を出て行った。
 椅子に座ったまま二人を見送り、看守が迎えに来るのを待ちながら、ジェラルドは満足そうな笑みを浮かべる。男は自分がミスを犯したことに気付いていなかった。
 


 この言葉をアントニアも聞いていた。彼はきっとユーニスを探し出してくれるだろう。
 ジェラルドはそう確信し、椅子の背に(もた)れて天井を仰ぎ、長く大きな息を吐いた。
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