第一節 7
文字数 2,483文字
かなり踏み込んだ話題にも拘わらず包み隠さず話をするセベロの様子を見て、イーサンの身分を明かした判断は正しかったとエドガルドは思った。都市と先住民国家が抱える問題に対しては、ティエラ教義よりも連盟の方がよほど大きな影響力を持つ。セベロもそのことを分かっているから、国の内情をここまで赤裸々に明かしてくれるのだろう。
隣で会話を聞いていたイーサンが質問を挟む。
「新しい契約ではこれまでの不平等な内容が改正されて、かなりラハーダ自治区に有利な条件に変わったんだろう。そのことを説明しても政府への批判は収まらないのか」
「最初は説明を試みてたんですが、第二ドームとの契約を更新してから加速度的に〈ラハーダの自由〉の動きが活発化して、彼らの声が大きくなったんです。〝政府はあんな風に言ってるが、裏では第二ドームに隷従している。騙されるな〟という論調が国内を覆って、私たちの声は掻き消されてしまいました」
眉根を寄せたイーサンに向け、セベロは皮肉な笑みを浮かべてみせた。
「そこに〈先住民の血〉が〈ラハーダの自由〉を支援しているという噂が流れ始めて、今ではすっかり〝政府はやっぱり都市の味方だ、先住民の敵だ〟という話が真実のように語られている訳です」
「恣意的なものを感じるな。誰かが故意に噂を流してるのかも知れん」
問題はそれだけではありません、とセベロは続ける。
「私が昨日あのホテルを訪れたのは、第二ドームの企業とオイスの取り引きについて話し合うためでした。王宮に都市人を招くと人目を惹くので、敢えて民間施設で会談を行うことにしたんです。完全に極秘の会見で、護衛の兵士の数も減らして目立たないように行動していたのに、襲撃者は会談の場所と時間を正確に把握していました」
「政府の中に〈ラハーダの自由〉の内通者がいるとあなたは考えているんだな」
セベロは頷いてエドガルドの問いを肯定する。
「〈ラハーダの自由〉を支援しているのは、〈先住民の血〉ではなく王宮の誰かかも知れないと私は考えています」
「それには王位継承問題が関係しているのか」
「はい。今は前国王の服喪期間で王位は空位になっていますが、数ヶ月後に王位継承権第一位にあるアデリタ殿下の即位式が執り行われます。何としてもそれを止めたい勢力が王宮にはあるんです」
「〈ラハーダの自由〉には金だけでなく武器も流れ込んでいると聞いた。金はともかくとして、この国の王族に秘密裡に武器を手に入れる伝手 があるのか。しかも俺たちが聞いた話では、都市の軍で使われるような玄人向けの武器まで入ってきてるそうじゃないか。そんなものを大量に扱えるのは、プロの密輸商だけだ。王宮の人間が周りに全く気付かれることなく、そういう輩と接触することは可能なのか」
イーサンが冷静に指摘すると、セベロは暫く迷いを滲ませたあと、徐 に口を開いた。
「会ったばかりで図々しいとは思いますが、相談させて貰いたいことがあります」
「なんだ」
「ひと月ほど前に私は一人の情報提供者に会いました。その情報提供者が言うには、カオス世界で誘拐された都市人女性がラハーダ自治区に監禁されてるらしいんです」
唐突な話題の転換にエドガルドとイーサンは少々面喰らう。だが、続くセベロの言葉を聞いて強く興味を惹かれた。
「その女性を探し出して夫の許へ還せば、〈ラハーダの自由〉への武器の提供を止めると情報提供者は約束しました」
「つまり、誘拐された女性は武器密輸商の妻ということか」
「ほのめかされただけですが、おそらくそういうことでしょう。もちろん情報提供者の言うことが事実だという確証はありません。ですが、わざわざそんな嘘をでっち上げる理由も思いつきませんし、他に武器の出処について有益な情報もありませんでしたから、女性の捜索を開始したんです」
「それで、女性は見つかったのか」
「全く。影も形も見当たりません」
そこでいったん言葉を切り、セベロは悩ましげな表情を浮かべた。
「女性を探してることは絶対にばれないようにして欲しいと情報提供者から念押しされてるせいで、大っぴらな捜索は行えていません。もし女性が〈ラハーダの自由〉のアジトに監禁されているとしたら、今のままの捜索を続けていても見つからないでしょう。そもそもこの情報を追い続ける意味があるのか、迷い始めていたところでした」
イーサンは少しのあいだ考え、質問を口にする。
「〈ラハーダの自由〉はこれまでにも都市人を誘拐したことがあるのか」
「いえ、彼らは元々第二ドームからの独立を目指すレジスタンス組織でしたから、ラハーダ自治区の外で犯罪活動を行ったことなどないはずです」
「都市の要人誘拐は〈先住民の血〉の主要な資金調達方法の一つだ。手口としては〈先住民の血〉のやり方と似てるな。〈先住民の血〉が余所 で女性を誘拐して表面上は関係のない組織である〈ラハーダの自由〉に匿わせ、女性の夫である密輸商に武器を供与させてる可能性はある」
イーサンの推測を聞いてエドガルドが捕捉する。
「ラハーダ自治区に出入りする都市人はオイスの取り引きに関与してる人間くらいのものだ。都市の関心も低く監視の目もないこの国に都市人が監禁されていたとしても、見つけ出される可能性は低い。隠し場所には適してる」
「お二人はこれが追う価値のある情報だと判断なさる訳ですね」
エドガルドは暫く思案してから、セベロに要求を出した。
「その情報提供者に会わせて貰えないか。直接話を聞きたい。追う価値があると判断できれば、俺たちがその女性を探してもいい。政府の人間よりは目立たずに済むかも知れない」
「分かりました。彼に連絡を取ってみます。私も彼が今どこにいるか知らないので、お二人にいつ会わせられるかは分かりませんが」
「頼む」
ちょうど話が纏 まったところでセベロの方が時間切れとなり、会談は終わりを告げることになった。
「あなた方に話を聞いて貰えて良かった。ありがとうございます」
「こちらこそ貴重な情報を幾つも聞くことが出来た。感謝する」
エドガルドとイーサンはそれぞれセベロと握手を交わして王宮を辞した。
隣で会話を聞いていたイーサンが質問を挟む。
「新しい契約ではこれまでの不平等な内容が改正されて、かなりラハーダ自治区に有利な条件に変わったんだろう。そのことを説明しても政府への批判は収まらないのか」
「最初は説明を試みてたんですが、第二ドームとの契約を更新してから加速度的に〈ラハーダの自由〉の動きが活発化して、彼らの声が大きくなったんです。〝政府はあんな風に言ってるが、裏では第二ドームに隷従している。騙されるな〟という論調が国内を覆って、私たちの声は掻き消されてしまいました」
眉根を寄せたイーサンに向け、セベロは皮肉な笑みを浮かべてみせた。
「そこに〈先住民の血〉が〈ラハーダの自由〉を支援しているという噂が流れ始めて、今ではすっかり〝政府はやっぱり都市の味方だ、先住民の敵だ〟という話が真実のように語られている訳です」
「恣意的なものを感じるな。誰かが故意に噂を流してるのかも知れん」
問題はそれだけではありません、とセベロは続ける。
「私が昨日あのホテルを訪れたのは、第二ドームの企業とオイスの取り引きについて話し合うためでした。王宮に都市人を招くと人目を惹くので、敢えて民間施設で会談を行うことにしたんです。完全に極秘の会見で、護衛の兵士の数も減らして目立たないように行動していたのに、襲撃者は会談の場所と時間を正確に把握していました」
「政府の中に〈ラハーダの自由〉の内通者がいるとあなたは考えているんだな」
セベロは頷いてエドガルドの問いを肯定する。
「〈ラハーダの自由〉を支援しているのは、〈先住民の血〉ではなく王宮の誰かかも知れないと私は考えています」
「それには王位継承問題が関係しているのか」
「はい。今は前国王の服喪期間で王位は空位になっていますが、数ヶ月後に王位継承権第一位にあるアデリタ殿下の即位式が執り行われます。何としてもそれを止めたい勢力が王宮にはあるんです」
「〈ラハーダの自由〉には金だけでなく武器も流れ込んでいると聞いた。金はともかくとして、この国の王族に秘密裡に武器を手に入れる
イーサンが冷静に指摘すると、セベロは暫く迷いを滲ませたあと、
「会ったばかりで図々しいとは思いますが、相談させて貰いたいことがあります」
「なんだ」
「ひと月ほど前に私は一人の情報提供者に会いました。その情報提供者が言うには、カオス世界で誘拐された都市人女性がラハーダ自治区に監禁されてるらしいんです」
唐突な話題の転換にエドガルドとイーサンは少々面喰らう。だが、続くセベロの言葉を聞いて強く興味を惹かれた。
「その女性を探し出して夫の許へ還せば、〈ラハーダの自由〉への武器の提供を止めると情報提供者は約束しました」
「つまり、誘拐された女性は武器密輸商の妻ということか」
「ほのめかされただけですが、おそらくそういうことでしょう。もちろん情報提供者の言うことが事実だという確証はありません。ですが、わざわざそんな嘘をでっち上げる理由も思いつきませんし、他に武器の出処について有益な情報もありませんでしたから、女性の捜索を開始したんです」
「それで、女性は見つかったのか」
「全く。影も形も見当たりません」
そこでいったん言葉を切り、セベロは悩ましげな表情を浮かべた。
「女性を探してることは絶対にばれないようにして欲しいと情報提供者から念押しされてるせいで、大っぴらな捜索は行えていません。もし女性が〈ラハーダの自由〉のアジトに監禁されているとしたら、今のままの捜索を続けていても見つからないでしょう。そもそもこの情報を追い続ける意味があるのか、迷い始めていたところでした」
イーサンは少しのあいだ考え、質問を口にする。
「〈ラハーダの自由〉はこれまでにも都市人を誘拐したことがあるのか」
「いえ、彼らは元々第二ドームからの独立を目指すレジスタンス組織でしたから、ラハーダ自治区の外で犯罪活動を行ったことなどないはずです」
「都市の要人誘拐は〈先住民の血〉の主要な資金調達方法の一つだ。手口としては〈先住民の血〉のやり方と似てるな。〈先住民の血〉が
イーサンの推測を聞いてエドガルドが捕捉する。
「ラハーダ自治区に出入りする都市人はオイスの取り引きに関与してる人間くらいのものだ。都市の関心も低く監視の目もないこの国に都市人が監禁されていたとしても、見つけ出される可能性は低い。隠し場所には適してる」
「お二人はこれが追う価値のある情報だと判断なさる訳ですね」
エドガルドは暫く思案してから、セベロに要求を出した。
「その情報提供者に会わせて貰えないか。直接話を聞きたい。追う価値があると判断できれば、俺たちがその女性を探してもいい。政府の人間よりは目立たずに済むかも知れない」
「分かりました。彼に連絡を取ってみます。私も彼が今どこにいるか知らないので、お二人にいつ会わせられるかは分かりませんが」
「頼む」
ちょうど話が
「あなた方に話を聞いて貰えて良かった。ありがとうございます」
「こちらこそ貴重な情報を幾つも聞くことが出来た。感謝する」
エドガルドとイーサンはそれぞれセベロと握手を交わして王宮を辞した。