第三節 4

文字数 2,769文字

 鬱蒼と茂る木々の茂みを抜けると、先ほどまでの熱帯林が嘘のように砂の大地が続いている。この惑星では珍しくない光景で、水脈の深度が変化したり、支流が地上に近づいたりすることによって大地が潤ったり乾燥したりするのだった。
 追っ手の気配がないことを確認し、オスバルドとロレンシオは砂地帯へと進み出た。巨体に似合わず巨獣の移動速度は速い。ときおり水分を補給しながら、二人は巨獣の背に揺られて不毛の地を往く。一刻ほどで目的の場所に辿り着き、二人は巨獣の足を止めて周囲を観察した。
 大型の動力機が砂に埋もれるように駐機している。再び巨獣の足を進め、オスバルドとロレンシオは今度はゆっくりと動力機へ近づいていった。
 動力機のハッチが開き、中から一人の若者が姿を現す。黒い髪を顎の辺りで切り揃えた青年とも女性とも判断の付かぬ中性的な美貌の持ち主だ。後ろに一目で護衛と分かる数人の男を従えている。
「さすがヴァリエンテ族の巨獣戦士、時間ぴったりだ」
 美貌の主は二人に向かってにこりと笑い掛けた。ヴァリエンテ族の存在を知る者は先住民世界にもそれほど多くない。巨獣戦士という言葉を知っていることから、若く美しい見た目に似合わず、彼が裏の世界に精通した人物であることが分かる。
 若者は二頭の巨獣の背後に引かれた箱に目を遣り、
「時間通りなだけじゃなく、仕事も完遂してくれたようだね」
 と確認した。
「ああ」
「荷の中身を確認させて貰うよ」
「好きにしろ」
 巨獣の背の上から相手を見下ろし、ロレンシオが素っ気なく答える。黒髪の若者は男たちを引き連れて荷に近づき、暫く中身を検分してから戻ってきた。
「依頼の品で間違いない。ドームの正規軍から兵器を強奪するなんて無茶な依頼かと思ったけど、ヴァリエンテ族は請けた仕事は必ず完遂するという評判は嘘じゃなかったね」
 若者はヴァリエンテ族に会うのは初めてらしく、好奇心に満ちた青い瞳でフードの隙からロレンシオの顔を覗き込んできた。ロレンシオもオスバルドも全身を外套で覆い、フードを目深に被って殆ど肌を晒していない。(おもて)に刻まれた刺青(しせい)がフードの蔭から僅かに覗いている程度だ。
「荷が本物だと言うことを確認したのなら、残りの金を支払って貰おうか」
 ロレンシオは無表情に依頼主を見下ろし、素っ気なく告げた。
「そうだね」
 若者は懐から小型通信機を取り出し、手早く操作を始める。
「振り込んだよ。確認してみて」
 ロレンシオは巨獣の上に無言で佇んでいたが、暫くして唐突に、確認した、と答えた。身体にエスプランドル鉱石を埋め込んだシエ・バージェと呼ばれる蝙蝠を通じて、ヴァリエンテ族の戦士たちが遠く〈アルマ〉の宮におわすアウレリオと思念を交わしていることなど知らぬアントニアは、おかしな顔をしてロレンシオを見上げた。
「用件は済んだ。私たちはこれで去らせてもう」
 オスバルドとロレンシオは荷から網と鎖を外し、巨獣の脇に吊り下げて固定した。その間にも男たちが荷を次々と動力機の中へ運び込んでいく。二人はその様子に興味も示さず、巨獣の首を(めぐ)らしてその場を立ち去った。
(オスバルド、よくやった)
 巨獣に揺られるオスバルドの頭の中に、〈アルマ〉である従兄弟アウレリオの思念が響く。この声はロレンシオには聞こえておらず、自分だけに向けられたものであることをオスバルドは分かっていた。
(簡単だった。見てただろう)
(物足りなかったのかい)
(別に、そういう訳じゃない。俺はお前の請けた仕事をやり遂げる。それだけだ)
 オスバルドは淡々と答える。直後、アウレリオの意識が自分の中に入り込むのをオスバルドは感じた。このような完全な共鳴状態に入ると、アウレリオはオスバルドの目を通して、あたかも自身がそこに在るかのように鮮明に広い世界を眺めることが出来た。
 どこまでも続くかに見える砂の大地、雲一つない薄青の空。美しい景色にアウレリオは満ち足りた気分を味わう。
(世界は広いな)
(ああ)
 過去の〈アルマ〉はヴァリエンテ族の里を出て山を下りることもあった。だが、オスバルドの父であった先々代の〈アルマ〉が都市人に毒殺されて以来、部族は〈アルマ〉の身を守るため、滅多なことでは宮の外に出そうとしなくなった。籠の鳥ともいえるアウレリオが経験できる外の世界は、全てオスバルドの意識を通してのものである。
(このまま何処かへ行ってしまいたくならないかい)
(何処へ行くっていうんだ。お前が待ってるっていうのに)
 アウレリオが微かに笑う気配がし、早く帰ってきてくれという思念が響くと同時に、彼の気配はオスバルドの中から消えた。
 すると今度はロレンシオが思念でオスバルドに語り掛ける。
(馬が迎えに来た)
(ああ)
 ロレンシオの言うとおり、二頭の黒馬が遠くから駆けてきていた。二人は巨獣から降りると、水と食料など必要最低限の旅の荷物を下ろして巨獣を先に往かせた。傍へ寄って来た馬に荷物を移し替え、今度は馬に騎乗する。
(この辺りの水脈は地下深くを流れてる。地下に潜れる地点に着くまで、暫くかかるだろう)
(そうだな)
 オスバルドとロレンシオは馬の肚を蹴って出発した。
 人が巨獣に乗る姿は人目を惹く。隊商騎馬民族(カラバーナ)の中に巨獣に荷を引かせる部族はあるが、巨獣に

のはヴァリエンテ族だけである。そのためヴァリエンテ族の巨獣戦士は、移動には巨獣を用いない。戦士は馬に乗って移動しながら離れた場所にいる自分の巨獣と共鳴し、目的地まで導くのである。馬から下りて地下水脈を利用することもある。ヴァリエンテ族はティエラ教義のように独自の地下水路を開拓している訳ではないので、目的地までの道筋に予めシエ・バージェを配しておき、蝙蝠たちの発する波動を辿って地下を進む。
 砂地帯では水脈が地下深くを巡っているため、二人はもう少し水脈が浅くなるところまで進んでから地下に潜る予定だった。
 オスバルドは無言で馬を駆り、砂の大地を進んだ。
 自分が盗んだのがどういう兵器なのか、渡したのがどういう相手なのか、オスバルドは知っていた。だが、自分の行為がこの世界にどんな影響を与え、結果として何が起こるのかは予想が付かなかったし、一戦士に過ぎない自分が考えることでもないと考えていた。この強奪によって世界のどこかで新たな混乱が生まれ、いつものように国家、組織の間で駆け引きに継ぐ駆け引きや争いが繰り広げられるのだろう。ヴァリエンテ族は下界の混乱を尻目に、奥深い山里でひっそりと命を繋いでいく。
 オスバルドはふと、先日打ち合いをしたティエラ教義の学師と、彼の連れの連盟治安維持官のことを思い出した。自分が生んだ地上の混乱を収めるため、彼らが奔走することになるのかも知れない。なんとなく、そんな考えが頭に浮かび、オスバルドは不思議な気分を味わった。
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