第三節 2

文字数 2,582文字

「〈ラハーダの自由〉は反都市、反王室を掲げ、再び新政府への対立姿勢を強めつつある。そこに、どうやら説明のつかない資金や武器が流れ込んでいるらしいというのが、私がお前たちにしたかった話だ」
 急に話がきな臭くなり、エドガルドとイーサンは軽く身を乗り出した。プラシドは二人の顔を順々に眺め、話の核心に触れる。
「情報の出処も定かではない、どの程度の信憑性があるのかすら分からない話だけど、〈ラハーダの自由〉に資金や武器を供与しているのは〈先住民の血〉だという噂がある」
 エドガルドとイーサンの顔に緊張が走る。だがすぐに首を傾げ、エドガルドは冷静な分析を始めた。
「〈ラハーダの自由〉が対立してるのは、第二ドームじゃなくて新政府なんだろう。ラハーダ人の目にどう映ってるかは分からないが、あなたの話を聞いた限りじゃ、セベロ・アバスカルという人物は先住民国家をドームから独立させ、不平等な契約の改正も行った優れた政治家のようだ。そんな人物と敵対する組織にアダンが肩入れする理由がない」
「私もそう思うよ。もしアダンが〈ラハーダの自由〉に肩入れしてるとすれば、オイスが都市へ流れないようにすることが目的だろうね。〈ラハーダの自由〉は自分たちが政権を取った暁には、オイスの都市への輸出を停止すると明言してる。オイスを原料の一部とする最新式の集積回路は色んな先進兵器に利用されてるから、アダンにとっては彼らが政権の座に就いた方が都合が良いだろう」
 エドガルドの顔が曇っていることに気付き、プラシドは優しく声を掛けた。
「お前の知ってるアダンは、そんな目先の利益のために先住民国家を不安定にするような人間じゃないと思うんだね」
「アダンは俺なんかよりずっと先のことを読んで行動している。ただ特定の地下資源を都市に渡さないことよりも、都市と渡り合える強い先住民国家が増えることの方が、先住民にとってはずっと有益だ。アダンにそんな簡単なことが分からないはずない」
「〈先住民の血〉は随分と大きな組織になってしまったからね。末端に至るまで全てがアダンの思惑通りに動いているとは限らないよ」
「そうだな」
「もちろん、この情報そのものが誤りだという可能性もある。ただ、〈ラハーダの自由〉に出処不明の資金と武器が流れているのは間違いのない事実のようだ。それも、少々の金額じゃない。武器も素人向けのものだけじゃなく、都市の軍が使用するようなものまで含まれているらしい」
「情報が誤りだったとしても、誰がどういう意図で流した噂なのかが気になるな」
「反都市主義の先住民の間では〈先住民の血〉は殆ど英雄に近い存在になってるからね。自然発生的に生まれた噂の可能性もあるし、〈ラハーダの自由〉の上層部が自分たちで嘘の噂を流した可能性もある」
 エドガルドは気遣うような目線をイーサンに送った。〈先住民の血〉が一部の先住民の間で英雄的存在になっているという台詞に、イーサンが不快感を覚えないはずはない。
「第二ドームから独立した後、ラハーダ自治区にはティエラ教義の分院が設けられた。今回の情報は分院にいる学師マヌエルが教えてくれたものだ。学師マヌエルによると、少なくとも〈ラハーダの自由〉の一般のメンバーは、自分たちが〈先住民の血〉から支援を受けていると信じているらしい」
「真偽はともかく〈先住民の血〉がラハーダ自治区の反政府組織を支持していると信じてる人間が大勢いる訳だ」
 プラシドやエドガルド同様、イーサン自身もこの情報の信憑性を測りかねた。一方で、マラデータ王国でアダンとの想定外の邂逅を果たして以来、〈先住民の血〉に関する情報は殆ど途絶えている。せいぜい、末端のグループによると思われる都市人犯罪組織の襲撃に関する情報が入って来ている程度だ。久しぶりに入ってきた大きな情報を、ただの噂話と片付ける気にもなれない。
「この情報をどう扱うか、判断はお前たちに任せるよ。連盟外交局の耳に入れるくらいの価値はあるんじゃないかい」
「金はともかく、正規のルートに乗っていない武器が大量に取り引きされてるのなら、治安維持局も放ってはおけない」
 先住民国家の反政府組織に武器が供与されているのだ。違法な武器密輸組織が関与していることは間違いない。背後に〈先住民の血〉がいなくとも、無視できる話ではなかった。
「私が入手した情報はここまでだ。この情報をどう扱うか、判断はお前たちに任せるよ。今後どうするかは二人で決めたら良い」
「ありがとう、プラシド。俺なりに今の話について考えてみる」
 話を終えてプラシドの部屋を出た二人は、少しのあいだ回廊を下ったあと、エドガルドの庵を目指して山道へ入った。
 沈黙が続く中、イーサンは隣を歩くエドガルドの方を盗み見る。静かな横顔からは、プラシドの話を聞いたエドガルドが何を考えているのか、読み解けない。
「プラシドから聞いた話、どう思う」
「〈ラハーダの自由〉が反都市主義を掲げているのなら、〈先住民の血〉が彼らを支持しているという話に信憑性はあると思う。だが、〈ラハーダの自由〉が現時点で実際に戦っている相手はラハーダの政府や王室だ。どこかしっくり来ない」
「そうだな。だが、〈先住民の血〉が絡んでいないとしても、誰かが金と武器をラハーダ自治区の反政府組織に供与していることは間違いない。俺はこの件を追ってみたい」
「〈先住民の血〉が関わっていなくてもか」
「兵士になったのも連盟治安維持官になったのも〈ラファエル〉を捕らえるためだったが、だからといって他の悪事は野放しでいいと考えてる訳じゃない。それに、本当に〈ラハーダの自由〉の背後に〈先住民の血〉がいる可能性もある」
「分かった。お前の体調が整ったらラハーダ自治区に向かおう」
 エドガルドの返事は簡潔だった。自分から提案しておきながら、イーサンは戸惑いを隠せない。
「良いのか。この件を追ってもアダンには繋がっていないかも知れないぞ」
「構わない。俺もティエラ・ゲレロとして、この世界で起こっていることをアダンに関すること以外どうでもいいと考えている訳じゃない」
「お前がそんな風に考えてるなんて、誰も思わない」
「そうか」
「そうだ」
 あとは再び沈黙が支配する中、エドガルドとイーサンは山奥にある庵に戻った。それから数日のあいだ、二人はティエラ山で穏やかな日々を過ごした。
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