第二節 2

文字数 2,321文字

 エドガルドが首を(めぐ)らして確認すると、正殿の(えん)に座したアウレリオと目が合った。アウレリオがにこりと笑いかけてきたので、エドガルドは彼の自我と意識が間違いなく本人の肉体に宿っていることを確信した。次いで視線を戻し、オスバルドの気配を探る。オスバルドの肉体からは、オスバルド自身が発する波動と重なって別人の波動が感じ取れた。
「お前はオスバルドなのか、アウレリオなのか」
(その区別にはあまり意味がありません。私とオスバルドの共鳴は非常に深く、二人で一つの存在のようなものなのです)
 〝二人で一つの存在〟という言葉に、エドガルドは微かに眉を(ひそ)める。あるがままをあるがままに受け容れて生きてきたエドガルドに、他者の在り方を自分の基準で判断しようという思惑はない。それでも、イーサンであればはっきりと拒絶を覚える話だろうと想像がついた。
(そんなことよりも打ち合いの続きをしましょう。あなたのように自在にカオスの力を操ることは出来ませんが、剣の腕ならオスバルドも一流ですよ)
 促されるままにエドガルドが合金仗を振るう。オスバルドが受け、打ち込み返してくる。アウレリオの言う通り、オスバルドの剣技はエドガルドがこれまで出会った者の中でも抜きん出ていた。エドガルドの操るカオスの力はオスバルドを圧倒していたが、膂力で勝るオスバルドの一太刀、一太刀がエドガルドの腕にずしりと響く。
(本気を出してくれないのですか。あなたが本気を出せば、オスバルドなど赤子の手を捻るようなもののはずでしょう)
「そんなことはない。お前の言う通り、オスバルドの剣の腕は達人の域だ」
 本人を相手に、オスバルドのことを第三者のように語る奇妙さを味わいながら、エドガルドが答える。
(あなたが使っているのは合金仗ですね。エスプランドル仗で相手をしてくれないのですか)
「流石にそれは出来ない」
(これならどうです)
 思念が響いたかと思うと、離れた場所で観戦していたアウレリオが傍に置いていた剣を掴み、オスバルドへ向けて放り投げた。声も掛けられていないのに、オスバルドは過たず剣を受け取る。
 両手に剣を構えたオスバルドは、一歩下がって仁王立ちになった。
(こちらは二刀流ですよ)
 先ほど以上の気迫がオスバルドの身体から発せらるのを感じ、エドガルドは小さく溜め息を吐いて合金仗を左手に持ち替えた。右腕に巻き付けていたエスプランドル仗にカオスの力を注ぎ込んで棒状にし、右手で握る。
(これで平等な勝負になりましたね)
 アウレリオが言うや否や、オスバルドが凄まじい勢いで剣を打ち込んでくる。エドガルドは並外れた動体視力と反射神経を駆使して矢継ぎ早の攻撃を淡々と(かわ)していく。
「素晴らしい打ち合いですね」
 正殿の縁に座したアウレリオが隣に座るイーサンに話し掛けた。
 二刀流となった二人の打ち合いを、イーサンはエネルギーを可視化する特殊スコープを装着して観察していた。アウレリオの評した通り、目の前では非常に高度の打ち合いが繰り広げられている。優勢なのはエドガルドだが、オスバルドも善戦していた。純粋に剣術と棒術の手合わせとして見れば、二人の戦いは互角に近い。だが、エドガルドの操る棒にはオスバルドの剣に連動するものとは比べ物にならぬほど大きな混沌エネルギーが宿っている。イーサンの目には、勢い余ってオスバルドを傷つけぬよう、エドガルドがかなり気を遣っているように映った。実力が伯仲しているからこそ、力の加減が難しいのだろう。
「エドガルドはエスプランドル仗を使うつもりはなかったはずだ。俺にはあいつが、カオスの力を使い過ぎないよう気を張って棒を振るっているように見える。なまじ相手が強いだけに、無意識のうちに力を出し過ぎそうになってる」
「ティエラ・ゲレロを少しでも本気にさせることが出来れば、オスバルドも本望でしょう」
 薄く笑みを刷いたアウレリオの横顔を眺め、イーサンは説明しがたい感覚に見舞われた。
 アウレリオの思念が聞こえているのは、身体にエスプランドル刺青を刻んだエドガルドだけである。思念による会話の聞こえぬイーサンには、どういう経緯でエドガルドがエスプランドル仗を使い始めたのか分からない。だが、目の前にいる男が仕向けたことに違いないと直観していた。ヴァリエンテ族の至高の存在とされる〈アルマ〉、その当代であるアウレリオには、美しい面差しや柔らかな物腰にそぐわぬ、どこか得体の知れない底知れなさがある。
「あ」
 次の瞬間、熱心に打ち合いを見つめていたアウレリオが小さな声を上げた。
 オスバルドの打ち込んだ剣を、エドガルドが両手を大きく振り上げて薙ぎ払った。その拍子に図らずも大きなエネルギーの波が生まれ、正面から強いカオスの力に押し返されてオスバルドは地面に片膝を突いた。
 エドガルドがオスバルドに歩み寄り、右手を差し出して立ち上がらせる。
「大丈夫か」
「ああ」
 オスバルドが声に出して答える。この返事はオスバルド本人によるものだとエドガルドは判断した。
「この辺でそろそろ止めておこう」
 エドガルドが告げると、オスバルドは頷いてエドガルドの右手を取った。
 オスバルドとアウレリオは思念で会話を交わすというより瞬時に思考を共有することが出来るらしく、二人の会話が聞こえていたはずもないのにアウレリオは間髪を入れず立ち上がった。
「学師エドガルド、オスバルドも、中へ戻りましょう」
 イーサンに目線でついていくるよう促してから、アウレリオは正殿の奥へ入っていく。イーサンは面喰らいながらも、アウレリオの後について木張りの廊下を進んだ。石材と木材を組み合わせて建てられた正殿の内部は、優雅さと重厚さを兼ね備えた趣がある。
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