第三節 3

文字数 2,397文字

 動力機の隊列がそれほど広くはない密林帯の上空を飛んで来るのを、オスバルドは焦げ茶色の短毛に覆われた巨獣の背から確認した。
 隊列は第一ドームの正規軍のもので、混沌エネルギーを利用して大規模爆発を起こす新式の爆破装置を、植民領にある訓練基地へ運んでいるところだった。混沌エネルギーを利用した起爆装置は数多くの企業が開発を競ってきた分野である。I&D社が開発したこの最新の爆破装置は、従来のものに比べて飛躍的に爆発力が高く、かつ小型化に成功していた。
 密生する樹木の蔭に巨大な動物が潜んでいることに、隊列はまだ気付いていない。
 オスバルドは巨獣の背に乗って上空を見上げ、飛来する動力機に目を凝らした。全身に刻まれた刺青を通じて波動を発し、乗っている巨獣との共鳴を深めていく。先頭から二機目の動力機が上空を通過する少し前に、巨獣の体内に蓄えられた莫大な混沌エネルギーを上空へ向けて放出させる。唐突に噴き上がったエネルギーに進行方向を塞がれ、動力機はバランスを失って緊急着陸の体勢に入った。オスバルドの読み通り、最新兵器の試作品を積んでいるのはこの機らしく、他の動力機も後を追って高度を下げ始めた。
(相変わらず、お前の力は凄まじいな)
 オスバルドの前方の茂みに、もう一頭の巨獣がいた。背には長い黒髪の男を乗せている。男の名はロレンシオ、オスバルドと同じヴァリエンテ族の巨獣戦士である。
(行こう)
 オスバルドはロレンシオの台詞には答えず、動力機が着陸した方向へ巨獣を歩ませ始めた。
 密に生い茂る木々の合間を、巨獣は大きな身体で器用に潜り抜けていく。少し離れたところを並んで進むロレンシオは、ちらりとオスバルドの横顔を盗み見た。
 巨獣戦士は身体に刻まれた刺青(しせい)を通じて巨獣と共鳴し、巨獣の身体に蓄積された混沌エネルギーを放出させることが出来る。だがあれほど大きなエネルギーを一気に、しかも天高く放つ芸当は、ヴァリエンテ族最強の巨獣戦士であるオスバルドにしか出来ない。ヴァリエンテ族の身体に刻まれる刺青の数は、カオスの力と共鳴する能力に比例する。オスバルドの全身で刺青が刻まれていないのは掌、足の裏、腹の柔らかい部分くらいのものだ。
(俺の巨獣はさっきの放出で体内に蓄えられたエネルギーが減っている。着陸現場に着くまでに補充はさせるが、お前の巨獣ほどのエネルギーはもうない。次の攻撃はお前が主導してくれ)
 オスバルドが淡々とロレンシオに語り掛ける。年上のロレンシオの顔を立てようとしているようにも思える内容だが、単に事実を説明しているようにしか聞こえない口調だ。オスバルドというのはいつもこの調子で、非常に抑制的で他者に内面を悟らせない人物だった。
 オスバルドが攻撃した動力機は樹々があまり密生していないエリアに不時着し、防護シールドを張って静止していた。他の動力機もなるべく近くに着陸しようとしたのだろうが、密林帯が続くため分散して着陸せざるを得なかったようだ。離れた場所に着陸した動力機からエナジー銃を手にした兵士たちが降りてきて、緊急不時着した動力機を防護するために集まってくる。
(やはり、目当ての物はあの動力機に乗っているようだな)
(ああ)
(兵士たちが動力機から出てきたのは好都合だ。動力機を相手にするよりよほど簡単だ)
 ロレンシオが自分の乗っている巨獣のエネルギーを全方位へ向けて放出させる。防護シールドを張っただけの生身の肉体を大きなエネルギーに直撃され、兵士たちはばたばたと地面へ倒れていった。避難のためか応戦するためか、動力機が一機、また一機と離陸を始めた。高度を上げる前に、今度はオスバルドが自分の乗る巨獣から巨大なエネルギーを放出させる。離陸中の動力機は大きくバランスを崩し、横転しながら墜落するものもあれば地面に叩きつけられるものもあった。
(行くぞ)
 ロレンシオの呼び掛けを契機に、二人は巨獣を駆って目的の動力機へ向かって突き進んだ。体当たりを喰らわせると同時にエネルギーを放出し、機体にダメージを与える。何度も繰り返すうちに防護シールドは徐々に弱まっていき、幾度目かの体当たりでついに動力機が横転して昇降口が開いた。ロレンシオの乗る巨獣が動力機の中へ向かって大量のエネルギーを放出する。雷の直撃を受けたように機体が揺れ、電子機器のショートする音が響いた。
 黒い外套に全身を覆われたオスバルドが、巨獣の背から降りて動力機の中へ入っていく。中には一人として無傷の者はいないようだった。呻きながら床に転がる者、意識を失って倒れる者など様々だが、戦闘能力の残された者は見当たらない。オスバルドはエスプランドル合金剣を携えていたが、使う必要もなかった。
 オスバルドは機内を進み、頑丈な高分子化合物でできた箱が積まれた一角で足を止めた。箱の一つを手に取って床に置き、渾身の力で剣を振り下ろす。弾けるように箱が開き、緩衝材に包まれた円板状の装置が露わになった。
 箱の中から装置を取り出して目的の物であることを確認したオスバルドは、用意しておいた金属製の網を残りの箱に巻き付け、太い二本の鎖に繋いだ。鎖のもう一方の端を持って外に出、二頭の巨獣に一本ずつ繋ぐ。
 作業を終えるとオスバルドは再び巨獣に騎乗し、ロレンシオと共に出発した。二頭の巨獣の引く鎖が動力機から網に包まれた箱を引っ張り出し、地面を引き摺っていく。
 こうしてオスバルドとロレンシオは悠々とその場を立ち去った。
(思ったより簡単だったな。少しくらいは手こずるかと思っていたが)
(彼らは先進技術を用いてカオスの力を操る。先住民に自分たちと同じ技術があるとは考えていない。先住民もカオスの力を使った攻撃を仕掛けられるとは、都市人は考えていないんだろう)
(同じ都市人からの襲撃しか想定していなかったという訳か。おかげで簡単に仕事が済んだ)
(そうだな)
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