第二節 4

文字数 3,161文字

 数日後、エドガルドとイーサンは宰相セベロ・アバスカルに呼び出され、再び王宮を訪れた。二人が案内されたのは、セベロの秘書が仕事に用いているという部屋だった。さして広くもない部屋に、このために運び込まれたのであろう椅子が並べられている。
 一脚の椅子に、黒髪に青い目を持つ中性的な容姿の若者が座っていた。エドガルドとイーサンは若者の向かいの二脚にそれぞれ腰掛け、セベロは普段は秘書が使っているらしき執務机に座って部屋の奥から三人を眺めていた。
「会わせたい相手がいるって言われたから急いで来たのに、とんだ期待外れだったな。てっきり彼女を救い出してくれたのかと思ってたよ」
 若者、アントニアは目の前に座るエドガルドとイーサンの顔を交互に眺め、不遜に言い放った。セベロが口を挟む。
「その彼女とやらを探し出したいのなら、彼らの質問に全て答えることだ」
「自力でやるのは諦めて、外注したってわけ。それにしても変わった外注先だね。ティエラ教義の学師と、もう一人は何処かの公的機関に勤めてる都市人かな」
 セベロに続き、見ただけで自分の身分をおおよそ言い当てられ、イーサンは僅かに顔を(しか)めた。
「どうして分かったのかって言いたげな顔だね。だってあなた、どこからどう見ても堅気の都市人だもん。宰相がただの素人にこの件を依頼するはずないから、だとしたらどこかの捜査機関か情報機関の人間に決まってる」
「連盟治安維持局だ」
「へえ」
 顎を反らして挑発的な笑みを浮かべるアントニアの顔を、イーサンは探るように眺めた。アントニアが〈ラハーダの自由〉に違法に武器を供与している密輸商の使いだとすれば、連盟治安維持官であるイーサンに簡単に情報を漏らすはずがない。それでも敢えて身分を明かしたのは、イーサンなりの駆け引きのつもりだった。ここからどうやって相手を交渉のテーブルに乗せようかとイーサンが考えを巡らせていると、アントニアはにやりと嗤って言った。
「治安維持官か、これは予想外の展開だな」
 そのまま暫く思案するように黙り込んだあと、アントニアは(おもむろ)に口を開き、
「取り引きがしたい」
 と告げた。イーサンが警戒を滲ませた声音で返す。
「どんな取り引きだ」
「我々はあなたがたが興味を示しそうな情報を持ってる。その情報と、ある人物を交換したい」
「ある人物というのは、おまえが探せと言っている都市人の女性とは別の人間か」
「そうだよ。女性とは武器の供与停止を、この人物とは情報を交換する」
「女性とその人物の正確な素性を教えろ。お前が持ってるという情報についてもだ。そうでなければ返答はできん」
「それを先に話したら、取り引きにならないじゃない」
「何も話せないと言うなら、こちらも判断のしようがない」
 会話が膠着しかかったところでアントニアが新たな提案をする。
「あなたの上司と話をさせてよ。こちらの情報に価値があるか、直接判断して貰いたい」
 イーサンは眉根を寄せて考え込んだ。自信満々の態度から推測するに、アントニアが本当に重要な情報を持っている可能性はある。上官のキャベンディッシュには、武器密輸商の一員と思われる人間から情報提供を受けると事前に報告してあった。待機はしていないだろうが、向こうが話せる状況なら連絡に応じてくれるはずだ。
「分かった」
 イーサンは右手首に嵌めた通信機能付きの個人用端末から小型インターカムを外して耳に装着し、キャベンディッシュに連絡を取った。短い呼び出しのあと、キャベンディッシュが応答する。
『どうした』
「いま内密に話せるか」
『少し待て』
 おそらく周りに人のいないところへ移動しているのだろう、少しの間を置いて再びキャベンディッシュの声が聞こえた。
『いいぞ』
「情報提供者が取り引きを要求している。彼の持っている情報の価値を判断して貰いたい」
「直接話をさせて」
 横からアントニアが口を挟む。イーサンは溜め息を吐き、キャベンディッシュに確認を取る。
「直接話したいと言ってる。会話をオープンにして良いか」
『構わん』
 許可を得たイーサンはインターカムを切って、個人端末の拡声機能をオンにした。
「話せ」
「I&D社」
 イーサンに促されたアントニアは、ただそれだけを口にした。端末の向こうのキャベンディッシュからは何の応答もない。上官の不自然な沈黙が、この情報の価値をイーサンに伝える。
 暫くして、イーサンの個人端末からキャベンディッシュの声が響いた。
『詳しく話を聞こう』
 アントニアが我が意を得たりとばかりに笑みを浮かべる。
「カオス世界の刑務所に収監されている、ある人物を脱獄させて欲しい。その人物の身柄を引き渡してくれたら、こちらの持ってる情報を渡す」
『ひとつ助言しておこう。本気で私を交渉のテーブルに乗せたいのなら、

などという物言いはやめておけ』
 静かな声音だったが、キャベンディッシュの持つ凄みは正確に伝わったようだ。アントニアは口元に浮かべていた笑みを消して真顔で説明を始めた。
「脱獄させて欲しいのはジェラルド・ベラミーという男性だ。第一ドームでベラミー貿易という会社を経営している。半年前、ジェラルドの妻のユーニスがカオス世界で何者かに拉致された。その後、今度はジェラルドが正式な裁判も経ずにカオス世界にあるクラウストラムという刑務所に収監された。僕はユーニスを探し出すようジェラルドから指示を受けて動いている。ジェラルドの方を救い出すのは難しいと思って諦めてたけど、連盟治安維持局なら彼を刑務所から逃がすことも可能だよね」
『私の聞いた話では、その女性を探し出せば、ラハーダ自治区の反政府組織への武器の流入を止めることが出来ると君は言ってるらしいな』
「そうだよ」
『つまり、クラウストラム刑務所にいるジェラルド・ベラミーという人物が、妻の身の安全を盾に脅されラハーダ自治区に武器を流している訳だ』
 アントニアは押し黙り、その質問には答えなかった。キャベンディッシュは構わず続ける。
『ベラミー貿易というのが

、興味が沸くところだが、取り敢えず話を先に進めようか。私たちがジェラルド・ベラミーを自由にすれば、これに対して価値のある情報を提供してくれると君は言うんだな』
「そうだ」
『君の持ってる情報が刑務所から囚人を脱獄させるに値するものだということを、私たちはどうやって確認すれば良い』
 今や会話の主導権は完全にキャベンディッシュが握っていた。アントニアはどうにか主導権を奪おうと強気な口調で訴える。
「I&D社の

について情報を持ってる。あなたたちも興味があるはずだ」
『そこにいる私の部下に命じて君を拘束させ、じっくり情報を引き出すという選択肢もあるぞ。その国に運び込まれる武器の輸送ルートについても、I&D社の例の商品についても、私自身が君の顔を見ながら直接尋ねても良い』
 アントニアは薄らと笑った。キャベンディッシュがこの場にいれば、この表情が強がりやはったりでないことは分かっただろう。
「その脅しなら前に宰相アバスカルから受けたよ。彼にも言ったけど、僕と一日でも連絡が取れなくなれば、この国に入ってくる武器の輸送ルートは全て僕の知らないものへ変更される。僕を脅して虚偽の連絡をさせても、あなたたちに気付かれずに拘束されていることを仲間に伝えることが出来る。その程度の安全策は講じてある。I&D社の件については僕は何も知らないから、僕から情報を引き出すことは不可能だ」
 暫くのあいだ沈黙が続き、ややあってイーサンの個人端末からキャベンディッシュの低い声が響いた。
『お前たちの持つ情報が下らんものだったら、次は連盟がジェラルド・ベラミーを拘束するぞ』
「お好きにどうぞ」
『あとはそっちで話を詰めてから報告しろ』
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