第二節 2

文字数 2,211文字

 空になった皿を持ってノエミが戻って来ると、仄暗い洞窟の中で男がふたり話し込んでいた。
 ノエミが戻ってきたことに気付き、がっしりとした体格の赤茶の髪の男が顔を上げる。男の名はカルロス、ノエミの幼馴染みで、レジスタンス組織〈ラハーダの自由〉のリーダーだ。
「ノエミ、女はどうしてた」
「毛布の上に寝込んで天井を眺めてたわ。大人しいものよ」
「長く閉じ込めておくと自傷に走る者もいるから、注意しておけ」
 もう一人の男が横合いから口を挟む。細身だが引き締まった体つきをした男で、名をホセという。
「別に都市人の女がどうなろうと構わないだろう」
「彼女は有用だ。我々の用事が済むまで生きておいて貰わないと困る」
「ふん」
 カルロスが不満げな声を出す。
 洞窟の奥に監禁されている女の素性を、ノエミもカルロスも詳しくは知らされていなかった。ホセがラハーダ自治区に現れたのは今から八ヶ月ほど前のことである。ホセは〈先住民の血〉のメンバーを名乗り、カルロスの許を訪れて〈ラハーダの自由〉への支援を申し出た。最初の頃は金銭的な援助や情報提供を受けるだけだったが、ホセがあの都市人の女をラハーダ自治区に連れて来て暫く経つと、武器の供与が始まった。
「あの女のことはこちらに任せておけ。お前たちは彼女を生きた状態で匿っておいてくれればいい」
「分かったよ」
 渋々といった様子でカルロスが頷く。完全には納得していないのが明らかだ。ホセはカルロスの態度を気にした風もなく話題を換えた。
「そんなことより、アバスカルの襲撃に爆撃球を使ったのは何故だ。せっかく情報を仕入れたのに、かすり傷ひとつ負わせてないじゃないか。このあいだ搬入したエナジー銃はどうした。後生大事に仕舞っておいても、何の役にも立たんぞ」
「エナジー銃をうまく扱える者がまだ少ししかいない」
「訓練はちゃんとやらせてるんだろうな」
「やらせてはいるが」
 歯切れの悪いカルロスの口調から、訓練がうまくいっていないことが伝わってくる。
「何人か人を寄越して訓練をつけさせるから、やる気のある若い奴を見繕え。若い方が覚えが早い」
「ああ、分かった」
「即位式までに渡した武器を一通り使いこなせるようになっておけ。まさか政府相手に爆撃球で戦争を仕掛ける訳にもいかんだろう」
「努力はしてるさ」
 ホセが芯の通った声音でカルロスに語り掛ける。決して大きくはないのに、聞く者に有無を謂わせぬ力の籠もった声だった。
「今が正念場だぞ、カルロス。あのアデリタって女にこの国を明け渡して良いのか。あの女は裏で都市と密接に繋がってる。あの女が女王になれば、この国はまた第二ドームの植民領に逆戻りだ」
「そんなことはさせない」
 カルロスが濃茶の瞳に怒りを滾らせる。
 二人のやり取りを横で聞きながら、ノエミは気付かれぬように眉を(ひそ)めた。連盟に正式に加盟している独立国家を植民領にすることは、現実には不可能のはずである。今はこの国の宰相となったセベロ・アバスカルが、ラハーダの独立の際に何度も言っていた。今はテロの影響で弱っている第二ドームも、時間を置けば力を取り戻し、再びラハーダを支配しようとするだろう。そうなる前に速やかに連盟に加盟しなければならない。連盟に加盟すれば、どの都市も二度とラハーダを植民領にすることは出来なくなる、と。セベロは〈ラハーダの自由〉を捨てて王室と手を結んだ裏切り者であり、ノエミは彼を一生許さないと心に誓っていたが、それでも、あの時のセベロの言葉は真実だったと考えている。
 軽く頭を振って自分の考えを頭から追い払い、ノエミはカルロスに声を掛けた。
「カルロス。ペネロペが待ってるから私はそろそろ帰るわね」
「ああ、ペネロペによろしくな。祖父(じい)さんにも」
「あんたのお母さんには今日はうちでご飯を食べていって貰うつもりよ。あんたが遅くなるなら泊まって貰っても良いけど、どうする」
「そうしてくれると助かる。ありがとう、ノエミ」
「良いのよ。ペネロペもあんたのお母さんに懐いてるし、喜ぶわ」
 そう告げてノエミは洞窟を後にした。ちらりと振り返ると、ホセがカルロスの肩を抱き込み、真剣な表情で何か囁きかけているところだった。カルロスは両目を爛々と(たぎ)らせてホセの話に聞き入っている。
 ノエミは説明しがたい不安感に襲われた。ホセの協力を得て以来、〈ラハーダの自由〉の活動が以前とは比べ物にならぬほどの効果を上げているのは事実だ。ホセは恐ろしいほど頭が切れる。同時に、どこか酷薄な雰囲気を(まと)っている。現政府を倒し都市の支配から完全に脱却するという目的を達成するためには、確かに手段を選ばぬ冷徹さが必要なのかも知れない。だが、時折ホセが見せる冷酷な一面を感じ取る度に、ノエミはホセという男にどこか信用ならぬものを覚えた。そして、そのことをカルロスには伝えられずにいるのである。
 漠とした不安を抑え込み、ノエミは岩肌に囲まれた細い通路を進んだ。ラハーダ自治区の北に広がる森の中にあるこの洞窟は、迷路のように入り組んでいる。〈ラハーダの自由〉は洞窟内の空間と人工的に掘り進めた通路を繋ぎ、外界と遮断された拠点を築いていた。途中途中に設けられた扉を正しく選択して進まなければ、広大な洞窟に迷い込んで二度と外界に出られなくなる危険がある。ノエミは完璧に記憶した道順を足早に進んだ。やがて洞窟を抜け、森と人の居住地の境界に出ると、陽は既に傾き始めていた。
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