第四節 3

文字数 2,880文字

 翌日は朝早くから起き出し、二人は再び洞窟の中へ入った。二日前に捜索を終えた地点まで戻り、未探索のエリアの捜索を開始する。日が沈み切る前に外へ出て、森で夜を過ごす。翌日も、その翌日も同じことの繰り返しだ。
 数日後の夜に、シールドテントの前に座り込んで虫型小型探査機が記録した映像を確認していたイーサンが、気になるものを発見してエドガルドに声を掛けた。
「エドガルド、これを見てくれ」
 エドガルドが夕食の準備の手を止めてイーサンの傍へ寄って来る。普段は焚き火を熾すのを好む二人も、今は人目に付かぬよう、熱源機を使って調理を行っていた。
 イーサンが空中に投影された映像を拡大し、エドガルドに見せる。
「探査機が洞窟の奥で記録した映像だ。この岩のところ、気にならないか」
 エドガルドが目を凝らして映像を見ると、確かに白い岩肌の中に違和感を覚える箇所があった。その場所だけ凹凸に乏しく平らかで、色も濃淡がなく均質だ。
「ここの部分だけ自然の岩肌じゃないようだ」
「アバスカルが、通路の分岐点に複数の扉を設けると話していただろう。間違えた扉を開けると野獣の棲息地に出るようになっていると。これは、その扉じゃないか」
「つまり、この奥が秘密の通路で、〈ラハーダの自由〉の拠点に繋がっているということか」
 イーサンが頷く。
「この扉が奴らの使っている〝通路〟の目印なら、扉を探して追い掛けていけばユーニス・ベラミーの監禁場所に近づけるかも知れない」
「これまで記録した映像をもう一度調べ直してみるのはどうだ。他にも扉があるのを見落としていた可能性がある」
「お前の言う通りだな」
 エドガルドの指摘を受け、イーサンはすぐに扉の映像からアルゴリズムを作り出し、これまでに記録した膨大な映像を検索に掛けた。敢えて大雑把な拾い上げに設定していたため、かなりの数の映像がピックアップされる。それを今度は二人がかりで、ひとつひとつ目視で確認していく。
「これもそうじゃないか」
「ああ」
「こっちはどうだ」
 食事を摂るのも忘れて映像を確認し、最初に発見したものを含めて二人は最終的に六箇所の扉を見つけた。今度は洞窟内の立体地図を投影し、扉の位置を表示する。
「この六箇所の扉を結ぶ線の内側に、秘密の通路があるはずだ」
「だとしたら、こちらの方向に探索を続けるのが効率が良さそうだな」
「ああ。だがそれ以外の場所の地図も作っておく必要はある。ユーニス・ベラミーを救出するのは、脱出経路を確保してからの方が良い。間違えて洞窟の奥深くに入り込んでしまったら、外に出るまでに時間が掛かって、それだけ多くの野獣に出くわす危険がある」
 イーサンが頷いてようやく会話がひと段落すると、二人はすっかり空腹であることに気が付いた。
「このくらいにして、そろそろ食事にしよう」
「ああ」
 夕食の準備を再開しながら、空腹にも気付かず熱中していた自分たちが可笑しくて、エドガルドは少し笑ってしまった。
「なんだ。何がおかしい」
「お前とこんな風に過ごしているのが、楽しい。真剣な任務の最中だというのに、不謹慎だな」
 そう言いつつも、エドガルドは見るからに上機嫌である。エドガルドがこれほどはっきり感情を表出することは珍しく、イーサンは少々意外な思いで彼を眺めた。森で寝泊まりするようになって以来、エドガルドが悪夢を見ている様子はない。日中の捜索と野営が齎す緊張のためだろうと考えていたが、案外イーサンが傍にいることも良い方に作用しているのかも知れない。そこまで考えて、イーサンは自惚れすぎか、と苦笑する。
「そうだな。こんな時だが、俺も楽しい」
 エドガルドが嬉しそうに笑ったので、イーサンの心は温まった。
 翌日からは明確な意図を持って探索に当たれたため、これまでよりも効率的な捜索を行うことが出来た。イーサンは小型探査機から送られてきた映像をアルゴリズムを用いてその場で解析し、秘密通路と繋がっていると思われる扉を探すことに努めた。この方法で数日のうちに新たに幾つかの扉を発見することが出来た。
 森へ戻ると連日、洞窟の立体地図を展開し、二人で分析する。
「扉の分布からすると、〈ラハーダの自由〉の拠点はこういう形で広がっている可能性が高い。明日はこの辺りを重点的に調べてみよう」
「ああ」
 このような調子で捜索は日を追う毎に効率的になっていき、新たな扉を見つける頻度も高くなっていった。同時に、進むべき方向が定められることで、これまでのように野獣を避けて移動することが困難になってくる。
 ある日、前日と同じように洞窟内の探索を行なっていたエドガルドは、足を止めて後方のイーサンに鋭く告げた。
「イーサン、前方に数頭の野獣がいる」
「迂回できないか」
「難しそうだ」
「どうする」
 エドガルドはひとつ溜め息をつき、右前腕に巻き付けたエスプランドル仗を棒の形状にする。それを右手に握りしめ、
「お前はここから動くな」
 と言い置いてあっという間に走り去った。
少ししてイーサンの特殊スコープが混沌エネルギーの凝集と放出を捉え、岩に囲まれた狭い通路ががたがたと微かに揺れる。通路の奥からエドガルドが戻ってきて、
「行こう」
 と短く告げ、またすぐに奥へ進んで行く。言われた通りイーサンが後に続くと、数十メートル進んだところに二頭の獣の屍骸が転がっていた。ミイラのようにからからに乾いた屍で、血も流れていなければ臭いも殆どない。いずれもかなり大きな個体で、身体的特徴から起源となる動物を類推することは難しい。
「イーサン」
 足下に転がる獣の死体をじっと眺めていたイーサンは、エドガルドに声を掛けられて顔を上げた。
「それがフィゴだ。触れると匂いが付くから、なるべく通路の真ん中を歩け」
 エドガルドが指差した岩壁には、先端の尖った小さな葉を持つ植物が密生していた。ところどころ、綿埃のような白い小さな花が咲いている。
「この先はかなり沢山のフィゴが自生しているようだ。野獣と遭遇するのは避けられないだろう。俺の後ろについて、離れないでくれ」
「分かった」
 幾日かは、これと同じような日が続いた。散発的な野獣との遭遇があり、その度にエドガルドはエスプランドル仗を用いて野獣を斃した。大規模な群れとの遭遇はなく、大抵は二、三頭の個体との遭遇であった。エドガルドは野獣を興奮させないために一瞬で彼らの命を奪った。死臭が仲間をおびき寄せないよう、血を流させず、ミイラのように干からびた屍骸にしてしまう。
 淡々と野獣を斃すエドガルドの後ろ姿を眺めながら、こちらから相手の棲息地に入っておきながら命を奪うことに抵抗があると語っていたことを思い出し、イーサンは複雑な気分に陥る。本質的に、エドガルドの気質は優しい。命を奪うことは好きではないだろう。だが、エドガルドは常に自分のすべきことは何かを弁え、粛々とその道を進む。
 イーサンはふと、エドガルドは自分の手でアダンの命を奪うことを覚悟しているのではないかと考えた。そしてごく自然に、万が一そのような場面が訪れた時には、自分がアダンを殺そうと決意した。
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