第一節 1

文字数 2,545文字

 遠くから小さな爆発音が聞こえてきて、エドガルドは馬の足を止めて音のした方を振り返った。隣を()くイーサンも釣られて馬の足を止め、同じ方角へ目を遣る。
 ティエラ山を発った二人は、地下水路を使った水獣輸送と馬で往く陸路を組み合わせ、つい先ほどラハーダ自治区に到着したところだった。ラハーダ自治区の近くには水獣輸送の乗り換え地点となる交易都市がないため、旅の最後の方は馬による移動が続いた。
「今の音はなんだ」
「小型の爆撃球だろう」
 エドガルドは遠くを見つめたままイーサンの問いに答える。
 爆撃球は混沌エネルギーを利用して金属の球を射出する武器だ。特殊な金属球が周囲のエネルギーと摩擦を起こすことで発火し、的に(あた)ると小さな爆発を起こす。破壊力はそれなりだが、光線式の銃と同様に周囲の濃密なエネルギーによって軌道が()められるせいで、的を精確に狙うことはできない。基本は連射で、手当たり次第の攻撃しか行えないが、本体も金属球も比較的廉価で手に入れやすいため、先住民世界では広く使われている武器の一つだ。複数の小さな球を一斉に射出するものが一般的だが、大きめの砲弾を飛ばす型のものもある。エドガルドの耳が捉えたのは、おそらく前者の爆撃球から射出された小型の金属球が、何かにぶつかって小さな爆発を起こした音だろう。
 爆発音に続いて、特徴のあるエネルギーの動きがエドガルドの身体に刻まれた刺青(しせい)に伝わってくる。
「エナジー銃で応戦してるようだ。様子を見に行こう」
 言うや否や、エドガルドは馬首を回らして爆発音のした方へと向かった。イーサンは特殊スコープを起動し、何も言わずにエドガルドの後に続く。
 時刻は正午を少し過ぎたあたりで、日はまだ高い。こんな昼日中から、しかも町中で爆撃球とエナジー銃による撃ち合いが起こっているのかと考え、エドガルドは眉を(ひそ)める。
 交戦が行われているのは、ラハーダ自治区の中心部にある豪奢な建物の敷地だった。頑丈そうな金属製の門扉は爆破により破壊されたらしく、無残な有様に成り果てている。壊れた門の近くに数名の兵士が(たお)れ、門内では五、六人の武装集団が玄関口につけられた馬車へ向かって爆撃球を連射していた。複数の兵士たちが馬車を護衛しつつ、エナジー銃を使って武装集団に応戦している。兵士たちのエナジー銃の腕ではそれほど高エネルギーの射出ができないのだろう、武装集団は反撃をものともせずに爆撃球を打ち込み続けていた。
 一瞬で状況を把握したエドガルドは、背中に挿した合金仗を右手で抜き取り、馬の肚を蹴って武装集団へ突っ込んで行った。
「おい、エドガルド」
 イーサンも腰に帯びていたエナジー銃を左手に構え、慌ててエドガルドの後を追った。
 結論を言ってしまえば、イーサンの出番は全くなかった。粉塵を巻き上げて合金仗を振るうエドガルドを前に、武装集団は五分と経たず総崩れになった。エドガルドは彼らの命まで奪うことはせず、深追いをすることもなかった。蜘蛛の子を散らすように逃げて行く襲撃者を、馬車を護衛していた兵士のうち数名が馬に乗って追い掛けていく。
 その様子を見届けてから、エドガルドとイーサンは馬でゆっくり馬車へ近づいた。追跡に加わらなかった兵士たちが馬車の周りに集まり、警戒を強めて二人を睨み付ける。
「お前たち、それ以上近づくな」
 兵士たちは全員エナジー銃の銃口をエドガルドとイーサンの方へ向けていたが、正直イーサンは全く脅威を感じなかった。エドガルドも同じだろう。
「お前たちに危害を加えるつもりはない」
 エドガルドはそう言って、合金仗を背中に戻した。イーサンもそれに倣い、両手を上に挙げてみせてからエナジー銃を腰にしまう。
「君たち、危ないところを助けてくれた恩人に銃口なんて向けるものじゃないよ」
 そのとき馬車の扉が開き、中から出てきた人物が穏やかな口調で兵士たちを諫めた。茶色の髪に薄茶の瞳を持つ、知的な顔立ちの男だ。細身だがよく引き締まった身体つきをしている。
 兵士たちが慌てて駆け寄り、三方から囲むように男を護衛した。この様子から、先ほど武装集団が狙っていたのはこの男であると、エドガルドとイーサンに知れた。
 男を追って、小柄な青年が馬車から降りてくる。
「危ないですから、馬車から降りないで下さいって申し上げたでしょう。今日はもう、このまま馬車に乗って王宮にお戻り下さい。また襲撃されたらどうするのです」
「いや、会談を先延ばしにすれば奴らの思う壺になるだけだ。予定通り会談は行う。奴らに暴力が有効な手段だと思わせたくない」
 そこまで語ったところで、男は兵士たちの肩越しにエドガルドへ目を向けた。
「ところで、そちらの方。あなたは私の命の恩人のようだ。その手首の刺青と先ほどの棒術から判断するに、ティエラ教義の学師の方か」
「学師のエドガルドだ」
 エドガルドは小さく頷いて返す。
「私はセベロ・アバスカル、この国の宰相です。命を救って下さって感謝する」
 宰相と聞いて流石にエドガルドが驚いているところへ、背後の青年が(たしな)めるような声を上げた。
「そのように見ず知らずの相手に、すぐに名前や身分を明かさないで下さい。危険ではありませんか」
「見ず知らずの相手なんて言い方は、ティエラ教義の学師に向かって失礼だぞ。それに私の命を救って下さった方だ」
「あなたはたったいま命を狙われたんですよ。少しは自重して下さい」
 二人のやり取りを暫く淡々と眺めてから、エドガルドが口を挟む。
「俺たちはティエラ教義の分院に滞在する予定だ。俺たちの身元に不安があるのなら、分院の学師マヌエルに確認してくれ」
「その必要はない。あなたに私を害する気がないのは分かっています。そうするつもりなら、今すぐ出来るはずですからね。この兵士たちでは、あなたの棒術に太刀打ちできない」
 アバスカルは柔和な笑みを浮かべて返した。
「明日以降、お時間のあるときに王宮にいらして下さいませんか。助けて頂いたお礼がしたい。残念ながら今日は時間がないので」
「ぜひ伺わせて貰おう。あなたにはどうやって連絡すれば良い」
「学師マヌエルに知らせて下されば、私まで伝わります」
「ではそうしよう。宰相アバスカル、また会う時まで御身お大事に」
「ありがとうございます」
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