第一節 6

文字数 2,209文字

 セベロは扉を開け、護衛の男たちに、
「私が呼ぶまで誰もこの部屋に入れるな」
 と命じてから隣の部屋へ入って行く。
「中へどうぞ」
 促され、エドガルドとイーサンもセベロの後に続いて部屋へ入る。扉の向こうには質の良い家具を取り揃えた重厚な空間が広がっていた。
「そちらの椅子にお掛け下さい」
 一人掛けの椅子をエドガルドとイーサンにそれぞれ勧めてから、セベロは壁際にあるミニバーでミント水を三杯注ぎ、二人の前にある小さな机に置いた。セベロ自身は小机を挟んで向かいに腰掛ける。
「失礼ですが、話をする前にイーサン・ロウ少尉が本物の連盟治安維持官であることを確認させて欲しい」
「分かった」
 イーサンは首に掛けた認識票を引き出し、指紋と網膜による二重認証を解除して識別章を宙空に投影する。連盟紋章に囲まれたイーサンの胸像と識別番号を確認し、セベロは頷いてみせた。
「ありがとうございます。疑うわけではなかったのですが」
「いや、当然のことだ」
 イーサンの身分を確認したセベロは、完全に二人のことを信用したらしく単刀直入に切り出した。
「学師エドガルドが耳にした噂というのは、〈ラハーダの自由〉が蔭で〈先住民の血〉の支援を受けているというものですか」
「その噂は宰相であるあなたの耳にまで届いているのか。学師マヌエルから聞いたのか」
「学師マヌエルでなくとも、多くの国民がこの噂を知っています。国内ではたいへんな噂になってますからね。ただの噂話を取り締まるわけにもいかず、困ってるところですよ」
「〈先住民の血〉が〈ラハーダの自由〉を支援しているという噂が流れて、どうして政府が困るんだ。〈先住民の血〉は国際的に手配されてるテロ組織だ。そんな犯罪組織の支援を受けていると噂になれば、〈ラハーダの自由〉の合法性に疑いを持つ者も出てくるんじゃないか」
 横から口を挟むイーサンに対し、セベロは穏やかな口調で説明した。
「都市の方の目から見れば極悪非道な犯罪組織でも、一部の先住民にとって〈先住民の血〉は、都市の弾圧による苦しみから自分たちを解放し、都市人に罰を与えてくれる義賊のような存在なのですよ。それはこのラハーダ自治区でも同じです。植民領時代の苦難の記憶は、多くの国民にとってまだ生々しいものですから」
 イーサンが複雑な表情で黙り込んでしまったので、代わりにエドガルドが返事をする。
「だが、ただの噂だろう。〈先住民の血〉が本当に〈ラハーダの自由〉を支援しているのかは、まだ分かっていない。違うか」
「噂の信憑性は大した問題じゃないのですよ、学師エドガルド。そういう噂が出回っていること自体が悪影響を生むのです。〈先住民の血〉が〈ラハーダの自由〉を支持してるということは、我が国の政府が先住民の敵と見做されたことを意味します。実際、国内では分断が起こり始めている。〝政府は都市の手先だ〟という〈ラハーダの自由〉のプロパガンダを信じた住民たちが、政府を支持する他の住民に対し暴力を振るうなどの事件が起っているんです。今はまだ散発的な発生に過ぎませんが、何かのきっかけで大きなうねりが生まれれば、内戦に発展しかねない」
 セベロの声は低く、翳りを帯びていた。七年の歳月を掛けて築き上げてきたものが瓦解しかねない、危ういバランスの上に今この国は立っている。
「オイスの取引について第二ドームと新たな契約を結んだことが、国内で反発を招いているらしいな」
 エドガルドが問うと、セベロは首肯して苦々しげに説明した。
「オイスの取り引きは我が国の命綱です。これを都市に売るなという主張は現実的ではない。ですが、そのことが分からない国民が多数いるのも事実です。オイスを都市に売るのは致し方ないと考えている人間ですら、第二ドームと新たな契約を結んだことに反発しています。売るにしても他の都市を相手にすべきだとか、第二ドームの寡占を許すべきではないというのが彼らの主張です。第二ドームに隷属する立場が変わらないのなら、何のために独立したの分からないと言いたいのでしょう。私だって気持ちの上では彼らと同じです。ですが私はこの国の宰相です。感情で決断を下すわけにはいきません。第二ドーム憎しの思いだけで国を運営するわけにはいかないのですよ」
「今回の契約更新のきっかけは、王位継承問題だったとか」
「仰るとおりです。王位継承問題で国内が不安定化したと見るや、第二ドームは我が国を再び事実上の属国にしようと目論んできました。連盟加盟国を植民領にすることは出来ませんが、辺境部隊を駐屯させて政府を支配することは出来ます。ですが、同時期に第二ドームの他にも複数の都市がオイスの取り引きについて打診してきたんです。第二ドームが独占してきた権利を奪う好機に見えたんでしょうね。私は幾つかの都市とのやり取りをリークし、第二ドームの耳に入るように仕向けました。第二ドームはオイスを寡占できなくなるよりはましだと考えて、私の提示した新しい契約を結ぶことに合意してくれました」
「かなりの綱渡りだな」
「ええ。一歩間違えば、第二ドームの代わりに他の都市がラハーダ自治区を属国化する危険すらありした。オイスを他の都市に売ったからといって、状況が良くなるはずはありません。第二ドームというハイエナに骨まで喰い尽くされないようにするだけで精一杯だというのに、獅子や虎まで交渉の相手に加えろと主張する人の気が知れませんよ」
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