第二節 5

文字数 2,745文字

 勝ち誇ったような笑みを浮かべるアントニアを眺めながら、イーサンは端末の拡声機能を切った。再びインターカムをオンにして個人的にキャベンディッシュに話し掛ける。
「会話をクローズにした。説明してくれ、I&D社の商品ってのは何の話だ」
『少し前から第一ドーム軍が血眼になって何かを探し回っているという情報がある。どうやら新式の兵器の試作品を輸送中に強奪されたらしい』
 イーサンは微かに眉根を寄せたが、何も言わずにキャベンディッシュの話を聞き続けた。
『気になってこちらでも調べたところ、盗まれたのはI&D社という会社が開発した起爆装置のようだ。混沌エネルギーを利用するタイプのもので、小型だが、爆破力を最大に設定すると装置一個で四、五階建てのビルを損壊させるほどの威力があるらしい。第一ドームは強奪の事実を公表せず、秘密裡に兵器の行方を追っている』
「治安維持局もその件を追っているのか」
『まだ情報収集の段階だが、この兵器がテロリストの手に渡るところは想像したくないと考えている』
「そうだな」
 一拍の間を置いてからイーサンは返事をした。
『ジェラルド・ベラミーの件はこちらで対処しておこう。お前たちはユーニス・ベラミーを探し出せ。二人だけでやれるか』
「ああ、たぶん」
 厳しい表情で通信を切ったイーサンの横顔を、エドガルドがちらりと一瞥する。イーサンはエドガルドの視線にも気付かず、睨み付けるように正面からアントニアの顔を見据え、低く問う。
「ユーニス・ベラミーという女性がラハーダ自治区にいることは間違いないのか」
「ユーニスは人道犯罪に巻き込まれたり難民になったりした先住民の救済や支援を行う財団を運営してる。誘拐された時も、ソムフェールの運営する芥子畑で奴隷として働かされていた先住民の救出活動を行ってる最中だった。ユーニスがカオス世界で危険を伴う活動をする時には発信器をつける約束になってる。誘拐されたことが分かってから、すぐに発信器の信号を追った。信号は途中で消えたけど、ラハーダ自治区の方向に向かってたのは間違いない」
 その後〈ラハーダの自由〉への武器供与を要求されたのだから、ユーニスはラハーダ自治区に囚われているとジェラルド・ベラミーやアントニアが予測したのは妥当である。
「これまでに〈ラハーダの自由〉に提供した武器の種類と数を教えろ」
 イーサンの問いに対し、アントニアは幾つもの武器の名前と数量をすらすらと答えた。その中には、エナジー銃は勿論のこと、扱いの簡便なものから破壊力の高いものまで多数の軍用兵器が含まれていた。
 部屋の奥に座って話を聞いていたセベロが色を失って声を上げる。
「ばかな、戦争でも始めるつもりか」
「国体を打倒しようとしてるんだから、彼らにとっては正真正銘の戦争だろうね」
 興味なさそうに返すアントニアに向かって、イーサンが怒気を孕んだ声を出す。
「お前は一つの国を内戦に向かわせようとしてるんだぞ。その自覚はあるのか。国が内戦状態に陥れば、多くの死者や難民が出る」
「この国への武器の供与を望んだのは僕でもジェラルドでもない。戦争を始めようとしてるのも僕らじゃない。僕らは良いように利用される駒の一つに過ぎないよ。あなたから見れば薄汚い商売人なのかも知れないけど。僕らだって必死に生きてる」
「夫は武器を売ることで難民や犯罪被害者を生み出し、妻は夫の商品が生んだ被害者たちを救済する事業を行っている訳か。まるで自給自足のような夫婦だな」
 不意に、それまで一言も発さなかったエドガルドが静かに口を挟んできだ。顎を反らして強気の表情を浮かべていたアントニアは、虚勢が剥がれたように瞳に動揺を刷いた。アントニアの反応を気にした風もなく、エドガルドが淡々と続ける。
「既にこの国に持ち込まれた武器については宰相に一任するとして、俺たちはこれ以上の武器が入ってくるのを止めるためユーニス・ベラミーという女性を探し出す。ジェラルド・ベラミーの方は連盟治安維持局が対応する。そういういことでいいな、宰相アバスカル」
「あ、ああ」
「他にこの者に訊いておきたいことはあるか」
 一瞬で場を支配してしまったエドガルドを呆気にとられたように眺めていたセベロは、少し考え込んでから質問を口にした。
「武器を渡した相手について聞きたい」
「ホセって男だよ。先住民だけど、たぶんラハーダ自治区の人間じゃないと思う。悪いけど〈ラハーダの自由〉についての情報はそれほど沢山持ってないよ。興味がないんだ、本当に」
 自分たちが持ち込んだ武器のせいでこの国がどうなろうと、アントニアは本気で興味がないのだと悟り、セベロは溜め息を吐いて怒りをやり過ごす。エドガルドの揺らぎのない淡々とした態度が、どんな時であれ怒りに駆られるのは得策ではないことをセベロに思い出させた。
 エドガルドは視線を移し、今度はアントニアに話し掛ける。
「他に何かこちらが知っておくべき情報があるのなら、今のうちに話しておけ」
「ジェラルドは混血だから保護スーツなしでも外の世界に出られる。でもジェラルドを刑務所に閉じ込めてる奴らはそのことを知らないみたいだった」
 都市人は混沌エネルギーに対する耐性がないため、都市の外では保護スーツを着用するか、高価な保護剤を内服しなければならない。だが都市人と先住民の間に生まれた混血は、そうした防護策を取らずに都市の外で過ごすことが出来る。カオス世界にある刑務所での脱獄対策には、このことが重要な意味を持っている。
「他には」
「特にない。そっちが依頼を完遂するまで、こっちはこっちで仕事を続ける。言っておきたいのはそのくらいだよ」
「分かった。なるべく早く再会しよう、アントニア」
 表情からも口調からも感情を読み取るのは難しかったが、エドガルドがユーニスを探し出すことに自信を抱いていることは、部屋にいる全員に伝わった。
「お前は聞いておきたいことはないのか」
 エドガルドは最後にイーサンに尋ねた。イーサンは少し考えてから口を開いた。
「ユーニス・ベラミーの映像を貰っておきたい。彼女を探すのに、顔を知っておいた方がやりやすい。見つけた時に本人か確認も出来る」
「分かった。すぐに準備する。他にはないの」
 アントニアの質問に対しイーサンが首を振って答えたのを見て、セベロは通信機を使って秘書を部屋の中へ呼んだ。
「トビアス」
 暫くして部屋の扉が開き、小柄な青年が中へ入ってきた。先日セベロが町のホテルで襲われたときに馬車に同乗していた青年である。
「お呼びですか」
「彼を王宮の外まで送り届けろ」
 目線でアントニアの方を示しながらセベロが青年、トビアスに命じる。畏まりました、と頭を下げたトビアスに促され、アントニアは部屋を出て行った。
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