第二節 3

文字数 3,041文字

 暫く進むと、最初に通された接見の間に戻った。エドガルドとイーサンは先ほどこの部屋で、〈アルマ〉と初めての対面を果たしたのだった。エドガルドが用件を切り出す前に、アウレリオが本物のティエラ棒術を見せて欲しいと言い出し、オスバルドとの打ち合いを要求してきたのである。
 アウレリオが部屋の奥に設えられた座具に座り、イーサンが向かいの座具に座り込む。遅れて入ってきたオスバルドはアウレリオの斜め後ろに控え、エドガルドはイーサンの隣に座った。
「素晴らしいものを観せて下さり、ありがとうございます。ティエラ・ゲレロとの打ち合いなんて、学師の方々でもなかなか経験できないものでしょう。オスバルドは貴重な体験が出来て喜んでいます」
 アウレリオが優美な笑みを浮かべて礼を述べる。その顔を見て、アルレリオの唐突な要求は全てオスバルドのためだったのだとエドガルドは得心した。
「オスバルドを超える戦士はヴァリエンテ族にいないのですよ。自分よりも強い者に挑戦する機会は、オスバルドにとって貴重で得がたい経験なのです」
「あなたはオスバルドのことをずいぶん大事に想っているんだな」
「ええ、心から」
「その愛情は、自分自身へ向けるようなものなのか」
 二人は殆ど一つの存在のようなものだというアウレリオの先ほどの言葉を思い出し、エドガルドが尋ねる。アウレリオは少々驚いたような表情を見せてから、微かに苦笑して説明した。
「いいえ、寧ろその逆です。私のオスバルドに対する愛情が強い共鳴を生んでいるんですよ」
 アウレリオの美しい(かお)を眺め、エドガルドはどこか薄ら寒いものを覚えた。エドガルドには、二つの異なる存在を一つであると錯覚するような愛情はどこか狂気を孕んでいるように思える。アウレリオがオスバルドに向ける愛情は、アダンがエドガルドに向ける愛情を彷彿とさせ、エドガルドを落ち着かない気分に陥らせた。
 エドガルドの戸惑いを察したようにアウレリオが話題を替える。
「さて、そろそろ学師エドガルドの用件を伺いましょうか。とはいえ、予想はついています。学師アダンに関することでしょう」
「あいつはもう学師じゃないから、その呼称は正しくない」
 久しぶりに耳にした〝学師アダン〟という言葉にエドガルドは強い反応を示した。エドガルドにとって、ティエラ教義学師というのは単なる肩書きではなく、生き方そのものである。テロリストとなって人を殺めてきたアダンのことを〝学師〟と呼ばれることに、エドガルドははっきりと抵抗を覚えた。
「失礼しました。では改めて用件を伺いましょう」
 エドガルドの反応に気分を害された風もなく、アウレリオが会話を進める。
 エドガルドはマラデータ王国で再会したアダンの額にエスプランドル鉱石が埋め込まれていたこと、第二ドームのテロでアダンはエスプランドル鋼を使ってドームの中に混沌エネルギーを送り込んだのではないかと考えていることなどを説明した。
「つまり学師エドガルドは、ヴァリエンテ族があなたの幼馴染みにエスプランドル鋼を売ったかどうかを確認したいわけですね」
「そうだ」
 混沌エネルギーはこの惑星に存在する全ての物質に宿り、世界を充盈している。エスプランドル鋼は混沌エネルギーを取り込み、蓄積し、放出する媒体の役割を果たす特殊な金属で、これまで産出が確認されているのは北の連山(ノルテ・コルディエラ)だけである。
 ヴァリエンテ族は巨獣を操り、北の連山(ノルテ・コルディエラ)の地中に埋もれたエスプランドル鋼の原石を一つ一つ探し当て、掘り出す。ヴァリエンテ族はエスプランドル鋼そのものも、その鍛冶加工技術も、部族の外へ持ち出すことを許していない。唯一の例外がティエラ教義で、学師たちの刺青に用いる顔料も、合金仗の端に挟む金具も、ティエラ・ゲレロの持つエスプランドル仗も、全てヴァリエンテ族から手に入れたエスプランドル鋼を原料としている。
「古くからの掟を破り、アダンにエスプランドル鋼を売ったのか」
 エドガルドの問いを聞いたアウレリオは困ったように微笑んだ。
「エスプランドル鋼を外の者に売ってはならないという掟などありませんよ。ただエスプランドル鋼の価値が広く知れ渡れば、山が荒らされることに繋がりかねません。だから学師の方たち以外にはお譲りしていないのです」
「では、アダンならば売っても良いと判断した訳か。あいつの目的が人を殺すことだったとしても」
「あなたもご承知の通り、私たちヴァリエンテ族は対価を受け取って仕事を請け負うだけの集団です。あなたがた学師のように理念に身を捧げているわけではありません。請ける仕事の内容は吟味しますが、倫理観で判断するわけではないことはご存知でしょう」
 アウレリオがきっぱりと言い渡す。エドガルドが強い眼差しで見返すと、アウレリオはふと表情を緩めて続けた。
「あなたの幼馴染にエスプランドル鋼の原石を譲ったのは、先代のアルマだった私の父です。譲ったと言っても、見合う対価を受け取ってのことですが」
「学師だったアダンに、エスプランドル鋼の原石に見合うほどの財があったはずはない」
「私は当時まだ子供でしたからね。アダン殿と先代のアルマとの間で交わされた取引を直接知っているわけではありません。ただ父からアルマの位を受け継ぐ際に記憶の共有は行っていますので、事情はよく承知しています。彼が提示したのは、先住民の人身売買に関わっている都市人犯罪組織の襲撃です。これにより手に入る財をヴァリエンテ族と折半すると彼は父に約束しました」
「そんな不確かなものと引き換えに、ヴァリエンテ族は貴重なエスプランドル鋼を譲ったというのか。取り引きをするかは対価で判断するというさっきの話と矛盾している」
 少しのあいだ思案するように視線を彷徨わせたあと、アウレリオは再びエドガルドを正面から見つめ、淡々と語った。
「普通は契約の内容を第三者に話したりしないのですが、オスバルドと打ち合って下さったお礼にお教えしましょう。今さら話したところで影響はありませんしね。父がアダンに提供したのはエスプランドル鋼だけではありません。私たちは仕事を請けて惑星各地に部族の戦士を派遣します。派遣された戦士たちが何処にいても常にアルマと精神的に繋がれるよう、惑星上には独自のネットワークが構築されています。このネットワークを通じて、時に思いがけない情報を入手することがあるんです。こうした情報も、私たちにとって貴重な商品なんですよ」
「つまり、あなたの父親はアダンに人身売買組織についての情報も売ったということか。情報を渡してアダンに組織を襲わせ、金を回収する仕組みだったわけか」
 アウレリオが首肯する。
「父が率先して売ったのではなく、アダン殿の方から提案してきたことです。彼がまず知りたがったのは、自分の同郷の子供たちが売られた先でした」
 エドガルドが息を呑む小さな音が、隣に座るイーサンの耳に届いた。イーサンが隣を見遣ると、平静を装うエドガルドの横顔が微かに青ざめているのが見てとれた。アダンが幼い頃に負った心の傷に触れると、今でもエドガルドの胸は痛むのだろう。エドガルドは優しすぎる、とイーサンは思った。テロリストとなって罪を重ねるアダンのことを、決して許さない、必ず止めてみせると誓いつつも、エドガルドの中には幼馴染みへの愛情がまだ確かに残されている。異常ともいえるほどのアダンの執着に苦しめられ、自身も傷を負わされたにも拘わらず、いまだにアダンを想う気持ちを捨て切れていない。
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