第四節 4

文字数 2,164文字

 五日後、状況が動いた。
 いつものように探査機が送ってくる映像を分析しながら洞窟内を進んでいたイーサンは、ある映像が気に掛かり、足を止めてエドガルドを呼ぶ。
「エドガルド、これを見てくれ。通路の先に金属製の格子戸みたいなものがある」
 左手首に嵌めた端末を操作し、イーサンが宙空に立体映像を投影する。エドガルドが目を遣ると、イーサンの言うとおり、狭い隧道を抜けた先に広い空間があり、境に金属製の格子戸が嵌め込まれていた。
「こういうのは初めてだな」
「ああ。まるで牢のようだ」
 二人ははっと顔を見合わせる。
「ユーニス・ベラミーはこの中に居るかも知れない」
 イーサンは探査機を操作して格子戸の奥へと進めたが、そこで映像が乱れ、受信できなくなった。
「遮蔽物が多すぎて、ここまで信号が届かない。録画装置が内蔵されてるから、探査機が戻ってくるのを待つしかない」
「仕方ない。他の場所の探索を続けよう」
 その後はいつも通りに洞窟内の探索を行い、日暮れ前に三機の探査機を回収してから、二人は森へ戻った。シールドテントを張り、熱源機の電源を入れてから、イーサンは収集したデータから洞窟内の立体地図を更新する。それが終わると、探査機に記録された映像を宙空に投影し、エドガルドと二人で確認した。
「ここからが、例の格子戸の奥の映像だ」
 三、四十平米ほどの空間にちょっとした机と椅子が置かれ、奥には剥き出しの岩肌の地面に毛布が敷かれている。探査機が毛布の方へ近づいていくと、栗毛の女性が横たわっている姿が映し出された。
「ユーニス・ベラミーか」
「この角度だと顔が見えない」
 イーサンは立体映像を操作し、女性の顔が見える角度を探す。何度かフィルターを掛けて顔の部分を鮮明にした上で、事前にアントニアから受け取っていたユーニスの画像と照合する。
「八十五パーセント以上の確率で一致してる。髪の色も同じだし、状況から判断しても彼女がユーニス・ベラミーで間違いないだろう」
「明日からは彼女がいる場所から洞窟の外に繋がる通路を詳細に調べよう。脱出ルートをなるべく多く準備しておきたい。迂回路だけじゃなく、第二、第三の出口も想定しておいた方が良い」
「慎重だな」
 明日にもユーニスを救出しようと考えていたイーサンは、エドガルドの冷静な提案にやや意外な印象を受ける。普段はどちらかというとイーサンの方が綿密で、エドガルドはその場になれば何とかなるという考えでまず行動することが多い。
「ユーニス・ベラミーを連れて洞窟の中で迷うのは避けたい。彼女は何ヶ月も洞窟に監禁されていた。筋力も落ちているだろうから、長時間歩き回ったり、まして走ったりすることは難しいはずだ。野獣の襲来には対応できると思うが、それでも洞窟の奥へ追い込まれてしまう可能性はある。想定していたルートを逸れても、別の脱出路に戻れるようにしておきたい」
「分かった。じゃあ、明日からはこの場所を起点にしてデータの収集をしよう」
 二人は更に二日を洞窟内のデータの収集に費やした。三日後、いよいよユーニスの救出を決行する。
 夜明け前に洞窟に入ったエドガルドとイーサンは、ユーニスの監禁場所へ直行する。途中で遭遇した数頭の野獣を、エドガルドは音もなく掃討していく。ユーニスの監禁場所に辿り着くと、イーサンは例の金属製の格子戸を入念に調べた。
「普通に内側から鍵が掛けられているだけだ。錠を壊せば動かせそうだ」
「ずいぶん簡単だな」
「逃げ出しても外には野獣がいる。この格子戸はむしろ野獣が入ってこられないようにするためのものかも知れん」
 言いながらイーサンはエナジー銃を構え、錠に向かってエネルギー弾を撃ち込んだ。狙い通り錠は壊れ、破片が地面に落ちる。エドガルドとイーサンは格子戸を担いで押し上げ、下に生じた隙間から中へ入り込んだ。
 奥へ進んだエドガルドとイーサンは、毛布を抱えて床に座り込む赤毛の女性を発見した。
「ユーニス・ベラミーか」
 イーサンが一歩踏みだすと、女性が怯えたようにびくりと身体を揺らす。イーサンは足を止めて目の前の女性を観察し、間違いなくユーニス・ベラミーであることを確認する。アントニアから受け取った映像では赤みの強い栗毛は顎の辺りで切り揃えられていたが、長い監禁生活の間に髪は伸び放題になっている。だが、それ以外は身綺麗に整えられており、顔や身体は清潔で、爪も伸びてはいない。やつれてはいるが、痩せ衰えているということもない。暴力を振るわれたような痕も見られなかった。
「連盟治安維持官だ。あんたを助けに来た」
 言われた内容をすぐには理解できなかったらしく、ユーニスは微かに眉根を寄せる。
「どういうこと。助けに来たって、どういう意味。連盟治安維持官が、どうして」
「詳しい説明は後だ。ここを出るぞ」
 大股に歩み寄り、イーサンは強引にユーニスの手を引いて立ち上がらせた。ユーニスは状況を呑み込めず、突然現れた二人組を信用すべきか判断しかねているようだ。だが抵抗する決心もつかないらしく、茫然とされるがままになっている。
 イーサンは準備しておいたシールド装置をユーニスの服に着け、起動させた。
「行くぞ」
 ようやく、二人は本当に自分を助けに来たようだと信じ始めたのか、ユーニスは踵を返したイーサンの後におとなしく続いた。
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