(3) 巨大なパズル

文字数 1,917文字

 何枚かの書類にサインした後で、まず一階の小広間を見せてもらった。
 厚めのドアの上に、『洋間A』と書かれた板が掲げてある。

 大きなノブを押し上げて中に入ると、部屋は結構な広さで、奥の方が小さな舞台になっていた。
 壁には音楽室みたいに小さな穴が無数に空いていて、吸音も問題なさそうだ。
 舞台のすぐそばには、少し古めのオルガンが置いてあった。

「あのオルガン、触ってもいいですか?」

 早百合が、瞳を輝かせながら管理人さんを見る。
 OKを貰い、急いで駆け寄ると、蓋を慎重に開けて鍵盤を一つ叩いた。

「ちゃんと正しい音が鳴るよ! 凄いね」

 その後管理人さんに手招かれ、オルガンに夢中になっている早百合を無理やり引き剥がすと、今度は『201』の部屋に向かう。
 そこは、二階の一番奥にある八畳ほどの和室だった。

 日陰になっていて少し暗かったものの、電気をつければ問題なさそうだ。
 そして棚には、将棋や囲碁、トランプやボードゲームなど様々な遊び道具がいくつも置かれていて、思わず懐かしい気持ちになった。

 しばらく部屋を眺めていると、棚の奥の壁に巨大なアクリルボードが立てかけられているのが目に入った。

 気になって近づいてみると、二枚の透明なボードの間にフレームと紙素材の台紙が挟まっていて、くねくねした線が縦横に等間隔に彫ってある。
 ボードの裏には、無数の小さな破片が入った袋が隠れていた。

 破片の一つを手に取ると、それはジグソーパズルのピースだった。
 試しに持ち上げるとかなりの重さだ。

 じっと見つめていると、管理人さんが説明してくれた。

「これはね、島の国立公園指定記念の年に貰ったものなの。よかったら、やってみる?」

「はい! これ、全部で何ピースあるんですか?」

 管理人さんは右手を口に当ててしばらく考えてから、ゆっくりと呟く。

「確か……。四千ピースだった気がする。私も昔一度ばらしてやってみたけど、とても大変だったわ。そうだ、完成図がどこかにあったと思うから、持ってくるわね」

 それから駆け足で部屋を立ち去ると、一枚の紙を持ってきて床に広げた。

「わあ、キレイ!」

 その紙には、上空から撮った音美島を中心にして、その周りを取り囲むように原生林のカットや海辺の夕景など様々な島の景色が綺麗に一枚に収められていた。

 横から早百合が声をかける。

「やってみたら?」

「そうだね! 大変そうだけど、もし完成できたら紅葉ちゃ……、写真が好きなクラスメイトの子とかが喜びそうだし。それに、今思いついたんだけど、一気にじゃなくて、例えば一日十ピースずつ組み立てていったら、丁度四百日後にできるでしょ。大体一年ちょっと。その間にもっともっと上手くなって、たくさんの仲間と色んな場所で歌ってるかもしれないわたしに、今のわたしから、お疲れ様、ってこの作品をプレゼントしたいなって思ったの」

 わたしの言葉に、早百合もにっこりと頷き返してくれた。

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 福祉館を訪れた日から、既に何日か経った。

 その間、積極的に校内で自作のチラシを片手に宣伝したり、放課後部室に寄って、ピースを少しずつ分別しながらこれからのことを色々考えたりした。

 でも、ほとんどの生徒が何かしら部活に入っているような状況で、当然ながらメンバー勧誘は思い通りにいかなかった。
 そもそも学校の公認でない以上、掲示板にポスターを貼ることすらできない。

 そんな中、今まで培ってきた友達ネットワークを駆使してやれるだけのことはやったものの、結果はふるわなかった。

「大変そうだね」

 朝のホームルームで、紅葉ちゃんが労いの言葉を掛けてくる。

 紅葉ちゃんには、真っ先に活動のことを伝えていた。
 興味津々で話を聞くと、写真部が忙しいから仲間には入れないけど、いつかコンサートでもするようになったら裏方で協力させて、と言ってくれた。

 嬉しく思う反面、果たしてそんな日が来るのだろうか、とほんの少し不安になりながら、わたしは隠れて小さくため息を吐いた。


「……はぁ。誰か、仲間になってくれそうな人はいないもんかねぇ」

 静かな昼休みの中庭を歩きながら、再びため息が零れ出る。
 最近、同じような独り言やため息ばかり零しているような気がする。

 今日は、もう金曜日。
 このままいけば、明日の初練習は早百合と二人だけとなりそうだ。

 もちろん、それがイヤな訳では決してないけど、仲間はやっぱり多い方が、きっと楽しいはず。
 何かいい方法はないかなぁ、と頭の中でぐるぐる考えていたその時、どこからかボールを弾く音と、それに混じって微かに人の声が聞こえてきた。
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登場人物紹介

遠矢 桜良 (とおや さくら)

 この物語の主人公。南山高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではボーカル・コーラスを担当する。

 幼馴染の早百合との再会により、合唱に興味を持ち始める。

 ひょんなことから島の女神との交流により、自身が『ユラ』の資質があることを知らされる。

 前向きで社交的な性格だが、悩みを抱え込む癖がある。

横峯 早百合 (よこみね さゆり)

 桜良の幼馴染で良き理解者。北平高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではボーカル・コーラスを担当する。

 従姉の菫の影響で合唱音楽にのめり込み、高校では真っ先に合唱部に入部した。

 音楽への信念と確固たる実力を併せ持ち芯も強いが、反面融通が利きにくいところが玉にきず。

相星 美樹 (あいぼし みき)

 桜良と同学年。南山高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではコーラスの高パートを担当する。

 スポーツ大好き少女で、特にバスケが得意。体幹と安定した高音を活かしグループを引き立てる。

 ノリが良くムードメーカー的存在。勇気を出すのに少し時間がかかるところがある。

藁部 野薔薇 (わらべ のばら)

 桜良と同学年で美樹のクラスメート。南山高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではベースパートを担当する。

 ビジュアル系ロックバンドのファンで、派手な風貌・荒い口調で一見とっつきにくいが、心は誰よりもロマンチストで乙女。

 面倒見の良い姉御肌でグループの大黒柱。

稲森 梢 (いなもり こずえ)

 桜良たちの一つ後輩で、北平高校の新一年生。

 Bleθ ではコーラスの低パートを担当する。

 絶対音感の持ち主で、早百合に負けず劣らず音楽への情熱と知識があるが、

 引っ込み思案のためずっと仲間の輪に入ることができなかった。

 打ち解けるとたまに鋭い毒を吐くようになる。

酒瀬川 椿 (さかせがわ つばき)

 桜良たちの一つ後輩で、北平高校の新一年生。

 Bleθ ではヒューマンビートボックス(ボイスパーカッション)を担当する。

 由緒正しい神社の家に生まれ、厳しく育てられる一方、動画配信サイトでは人気の生主として活動している。

 ツンがかなり強めだが真面目で頼りになる存在で、梢や野薔薇といいコンビである。

ナナ様

 島に古くからいる神様の一人。元々名無しの神だったが、桜良によって「ナナ様」と名付けられる。

 桜良にとってのお姉さん的存在であり、頼りになるあるじだが、

 悪戯好きで小悪魔な性格で、桜良によくちょっかいをかけからかっている。

 万能な存在である故か、人間特有の感情の機微に疎い。

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