(11) 「友達」って?
文字数 2,412文字
と、思わず頭にハテナマークを浮かべるわたしに、お姉さんは右手を顎に当てると問い掛けてきた。
「そもそも、どうして貴女はその子と話すのを迷っているの?」
「……だって、まだよくわからないし、変なことを言って嫌われたりしたらイヤだから」
「そうね。だったら、やっぱり言わない方がいいんじゃない?」
さっきとは真逆のことを言われたため、頭の中が少し混乱してくる。
しかし、ここはあえて自分の率直な気持ちを考えることにした。
「……でも、体育祭の時の早百合ちゃん、なんだかとても悩んでいるみたいに見えた。
もしも、この予感が本当だったら、わたし力になってあげたい。だってわたしたち、大事な友達だから」
「それが、『答え』なんじゃない?」
突然投げかけられた言葉に、思わずはっと目を見開く。
お姉さんは、最後に人差し指を口元にに立てて尋ねた。
「桜良ちゃんは、もしその子が何か悪いことをしていたとして、変わらず友達でい続けられる?」
「そりゃ、もちろんだよ!
わたし、どんなことがあっても味方でいる。離れたりするわけない!」
「迷いのない答えね。そこまで早百合ちゃんのことを考えられるんだったら、貴女がとるべき道はただ一つだけよ。
嫌われることなんて恐れずに真正面から彼女に向き合い、そばに寄り添っていつまでも味方であり続けるべき。
時には諫めて、でもしっかり解りあって、お互いにそうすることのできる関係を、きっと友達っていうんじゃないかしら?」
「……そうか、そうだよね。ありがとう、お姉さん! おかげですっきりしたよ」
そう言って頭を下げた瞬間、突然岩壁がゆらゆらと波打ち始めた。
思わずそのままフラっと後ろに倒れ込んでしまう。とっさにお姉さんが手を差し伸べ、身体を支えてくれた。
「そろそろ、お別れの時間ね。私とは必ずまた会えるわ。その子のこと、しっかり支えてあげてね」
そう喋る間にも周りの景色は歪み続け、次第に眩い光が辺りを包み込んだ。
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「……お姉ちゃん、お姉ちゃん、起きなよ。もうヤバいって!」
遠く彼方から桃萌の声が聞こえる。
わたしの身体を、これでもかと激しく揺らしている。
「もう八時前だって。今日も学校でしょ。ねえ、起きてよ」
八時前、もうそんな時間か。……八時前!?
慌てて布団から飛び起きる。寝汗で身体がかなりべっとりしていた。
そして、恐る恐る時計を見ると、八時の三分前を差していた。
……ヤバい、今日も普通に学校の日だって!
そのまま身支度を整え、ご飯も食べずに玄関を飛び出す。
今日ははじめから最悪な日だ。ああ、どうしてこんなことに。
そう嘆きながらも、一方でどこかしら胸のつかえがとれた気がしたわたしは、急いで細いあぜ道を駆け抜けた。
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時間はあっという間に過ぎ、土曜日になった。
今日は早百合ちゃんと、体育祭以来久々に会うことになっている日だ。
家のそばの桟橋で一週間ぶりに会った彼女は、初めからどこか悟ったような表情をしていた。
軽く挨拶を交わすと、そのまま二人並んで先端の方まで向かい、隣に並んで腰を下ろす。
押し寄せる波の音を聞きながら、じっと様子を伺うわたしに、早百合ちゃんはわざとらしくきょとんとしながら尋ねてきた。
「どうしたの、桜良ちゃん。何か今日は用があって、ここまで呼んだんでしょ?」
「あ、いや、ごめん、ごめん。今日も海が綺麗だなぁって」
「桜良ちゃん?」
「すみません」
一度覚悟を決めて大きく深呼吸すると、じっと彼女の方に向き直る。
「早百合ちゃん、何か悩みがあるなら相談して! わたし、力になるから」
「ちょ、ちょっと待ってよ、桜良ちゃん。私、悩みなんて別にないよ?」
「あ、あのね、早百合ちゃん。えーと、何ていうか……」
「どうしたの、はっきりと言いなよ」
少しだけ苛立った様子の早百合ちゃんに思わずたじろぎながら、それでも改めてしっかりとのどを震わせる。
「あのね。体育祭でバトンを持ち出した人、早百合ちゃん、知っているんじゃない?」
首を縦にも横にも振ろうとしない。
ただ遠くの海をボーッと眺めながら、まるでそう聞かれることがわかっていたみたいに、早百合ちゃんはひどく落ち着き払っていた。
「なんで、そう思うの」
「同じクラスの友達から聞いたんだ。合唱部の今の状況と、片方のグループがリレー中に『何か』しようとしてたってことを。
それで、最初わたしはその『何か』がバトンを盗むことだ、って思ってた。でも正直、バトンを全部盗んでリレーを中止させた理由がわからなかったの。他の部を巻き込んでまで、わざわざそんなことをすることに意味があるとは何となく思えなかった。
でも、もしその人の目的がその『何か』が起こるのを防ぐためだったとしたら、どうかな? 例えば片方のグループが別の誰かに、リレー中に危害を加えようとしていたんだとしたら。
それを知ったその人は、アクシデントを防ぐために全てのバトンを盗んで、リレーを中止にした。こう考えればなんかしっくりくる気がしたんだ」
「なんか、探偵みたいだね。桜良ちゃん」
遠くの方をボンヤリ眺めながら、早百合ちゃんが呟く。
その言葉に、皮肉のようなものを思わず感じ取ってしまって、胸が少し痛くなった。
「……早百合ちゃんが部室棟に向かったのって、バトンが見つかる少し前のことだったよね。それで、思ったんだ。
ひょっとしたら、早百合ちゃんは先に何か起こるかもしれないと気付いていて、そして部室棟で犯人を見たのかなって。
それで決定的な瞬間を見てしまって、どうしたらいいかわからなくなってしまった。だから──」
「違うよ。私なの、その犯人」