(7) リ・スタート

文字数 1,203文字

「いよいよ、だね」

 夕方になり、西日が射しこむ部室にこうしてブレスの全員が集まった。

 六つのピースは、特に一つがひどく汚れていたけれど、綺麗に噛み合わさって、今わたしの掌の上にある。

 ドラムロールのごとく鼓動を刻む心臓の音を聞きながら、みんなの前で穴にそっとピースの塊をはめ込む。
 やがて、目の前に完成図と全く同じ、音美島の綺麗な風景が現れた。

「やったー!」

 一人の叫びが瞬時に周りに広がって、みんなが思い思いに喜びの感情を表す。
 とうとう完成した巨大なパズルは、じっと黙りつつも、わたしたちをそっとお祝いしてくれているかのようだった。

 そんなことを感じながら、改めて目の前の大きな写真を眺める。


 思えば、初めてパズルに取り掛かってから今までの間に、本当に様々なことがあった。

 楽しいことや悲しいこと。
 嬉しいことや辛かったこと。

 そのほとんどは、この島の中で繰り広げられた。

 これまで一緒に歩いてくれた仲間たちは、もちろん一番に感謝しているけれど、ふとここで島の人たちのことを思い浮かべてみる。

 演奏するのは、確かに楽しい。
 それに向けての練習や話し合いも、とてもやりがいのあるものだ。

 でも、音楽をやっていて一番よかったと感じる瞬間となると、それはやっぱりお客さんから拍手をもらった時、だった。

 聞いてくれるお客さんがいて、わたしたちを思い思いに暖かく迎え入れて、そして最後には、割れんばかりの拍手をしてくれる。
 それは、きっと島の人たちの温かさや明るさがあってこそ。

 床屋でも、病院でも、わたしたちが今まで色んな場所で演奏できたのは、島の人たちのおかげなんだ。
 そんな当たり前だけど大事なことを、わたしは今ひしひしと実感していた。

 ある程度頭の中で考えをまとめてから、みんなの方をぐるりと見回す。
 果たして、この思い付きを言うべきか言わないべきかで迷っていると、野薔薇が気づいて優しく微笑んできた。

「どうした? 何か思いついたんなら、勇気を出して言ってみな。みんな、反対意見があればちゃんと言うから」

 彼女に促されて、わたしはついさっき閃いた、ある『アイデア』を口にする。
 みんながどんな反応をするか、すごく気掛かりだったけれど、結果として満場一致で賛成となった。


 当面のバンドの目標ができて、それぞれがそこに向けて気持ちを切り替えようとしていたまさにその時、突然スマホが激しく鳴り始めた。

 慌てて確認すると、桃萌からの電話だった。

 どうしたの、と尋ねると、一呼吸おいて周りに聞こえるほどの大声で、これ以上ない朗報を伝えてくれた。


「お母さんが、さっき目を覚ましたよ!」


 今日は、朝早くから泣いたり、笑ったり、はしゃいだり、驚いたり、そして喜んだり、本当にみんな忙しい日だ。

 でも、きっとこれが青春。

 自分、今すごく高校生なんだ、と恐ろしく間抜けな実感をして、電話を切るのも忘れて仲間たちと喜び合った。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

遠矢 桜良 (とおや さくら)

 この物語の主人公。南山高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではボーカル・コーラスを担当する。

 幼馴染の早百合との再会により、合唱に興味を持ち始める。

 ひょんなことから島の女神との交流により、自身が『ユラ』の資質があることを知らされる。

 前向きで社交的な性格だが、悩みを抱え込む癖がある。

横峯 早百合 (よこみね さゆり)

 桜良の幼馴染で良き理解者。北平高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではボーカル・コーラスを担当する。

 従姉の菫の影響で合唱音楽にのめり込み、高校では真っ先に合唱部に入部した。

 音楽への信念と確固たる実力を併せ持ち芯も強いが、反面融通が利きにくいところが玉にきず。

相星 美樹 (あいぼし みき)

 桜良と同学年。南山高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではコーラスの高パートを担当する。

 スポーツ大好き少女で、特にバスケが得意。体幹と安定した高音を活かしグループを引き立てる。

 ノリが良くムードメーカー的存在。勇気を出すのに少し時間がかかるところがある。

藁部 野薔薇 (わらべ のばら)

 桜良と同学年で美樹のクラスメート。南山高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではベースパートを担当する。

 ビジュアル系ロックバンドのファンで、派手な風貌・荒い口調で一見とっつきにくいが、心は誰よりもロマンチストで乙女。

 面倒見の良い姉御肌でグループの大黒柱。

稲森 梢 (いなもり こずえ)

 桜良たちの一つ後輩で、北平高校の新一年生。

 Bleθ ではコーラスの低パートを担当する。

 絶対音感の持ち主で、早百合に負けず劣らず音楽への情熱と知識があるが、

 引っ込み思案のためずっと仲間の輪に入ることができなかった。

 打ち解けるとたまに鋭い毒を吐くようになる。

酒瀬川 椿 (さかせがわ つばき)

 桜良たちの一つ後輩で、北平高校の新一年生。

 Bleθ ではヒューマンビートボックス(ボイスパーカッション)を担当する。

 由緒正しい神社の家に生まれ、厳しく育てられる一方、動画配信サイトでは人気の生主として活動している。

 ツンがかなり強めだが真面目で頼りになる存在で、梢や野薔薇といいコンビである。

ナナ様

 島に古くからいる神様の一人。元々名無しの神だったが、桜良によって「ナナ様」と名付けられる。

 桜良にとってのお姉さん的存在であり、頼りになるあるじだが、

 悪戯好きで小悪魔な性格で、桜良によくちょっかいをかけからかっている。

 万能な存在である故か、人間特有の感情の機微に疎い。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み