(一) 募る後悔と尽きぬ回顧
文字数 2,046文字
「──ゆり、早百合!」
私の名前を呼ぶ声がして、思わず顔を上げる。
ずっとぼぅっとしていたからだろう。
気づいたら眠っていた私を、野薔薇がそっと揺り起こしてくれたみたいだ。
「大丈夫か? もうすぐ、音美に着くぞ」
そう言われたので、息を吸って頭をしっかりと切り替える。
窓の方に目を向けると、島の緑が近くまで迫っていた。
桜良が目を覚ました翌日。
島から彼女のおじさまが駆けつけ、入れ替わりで私たちは先に帰島することになった。
本当は、突然あんなことを言った彼女のことがとても心配だった。
でも、もう会いたくないと言われてしまった以上、後はこちらに任せなさい、と促すおじさまの意見に従うほかはなかった。
帰りの機内では、行きとは対照的に誰一人として喋らなかった。
みんなそれぞれ考え事をしているみたいだ。
それに倣うわけではないけれど、私も目を閉じて、今まで起きたことを振り返ってみた。
思えば、桜良の異変は結構前から気にはなっていた。
練習中に息切れすることもたまにあったし、暗い顔をしている時もしばしば見かけた。
……でも、そんな桜良に私は、あろうことかブレスを辞めるなんて言葉をぶつけてしまった。
実を言うと、あの時は自分の中でどうすればいいか、かなり迷っていた。
菫お姉ちゃんと一緒に合唱団で歌いたい、という思いは確かに強かったし、かといって折角集まった仲間を裏切ることもできない。
だから、卑怯にも私はその大事な判断を親友の桜良に委ねてしまったのだ。
きっと桜良のことだから、「辞めないで」とか、「一緒にいよ!」とか、そんな言葉を返してくれるはず。
それなら、潔くブレスを続ければいい。
そんな甘いことを考えていた。
でも、桜良は予想以上に私のことを深く考えてくれていた。
きっとつらかったはずなのに、それでもこんな私を明るく送り出してくれた。
……私のせいで、桜良を不必要に追い詰めた。
さらにおばさまの事故も重なって、彼女の心はきっと崩壊寸前だったに違いない。
それでも、いつも明るく振る舞っていた。
人に気づかれないように悲しみながら、常にあの子は笑っていたんだ。
それに対し、私も、他のみんなも、そんな彼女の本心を全くわかってあげられなかった。
そして結果的に、こんなことになってしまった。
ほんと、私って、桜良の友達大失格だな。
考えれば考えるほど、どんどん自分がつらくなっていく。
だけど、彼女自身のつらさに比べたら私のなんて全然大したことはないはず。
だから、せめてもう少しだけこの振り返りを続けることにしてみよう。
次に、島を発つ日の前日のことを思い浮かべてみる。
夕方、私はブレスのメンバーを、福祉館前の原っぱに呼び出していた。
何のために呼ばれたのかわからず不安そうなみんなに、私が今年でバンドを辞めようと思っていることを話すと、当然ながら全員が揃って驚きの表情を露わにした。
次々に当然の質問や、時折文句もぶつけられる。
それでも、最後にはそこにいた全員が、仕方がないと納得してくれた。
そんなみんなに、「私のせいで最後になってしまうけど、精一杯、悔いのないよう頑張ろう」と伝えると、美樹の掛け声に合わせ、全員が右手を大きく空に掲げた。
でも、最後までその場に桜良が現れることはなかった。
それから、鎌倉で感じたこと。
移動中みんなと明るく喋りながら、桜良はやっぱり無理している気がした。
そして予選の前、桜良が伝えてくれた言葉でみんな奮い立った。
『みんな。今まで本当にありがとう。音楽を始めて最初の頃は、一体どうなるのかいつも不安だったけど、こうやって仲間も増えて、今日、こんな大きな舞台で歌えることになりました。たとえどんな結果になっても、きっとわたしは今日のことをずっと忘れないはず。絶対、最後まで歌い切ろうね』
けれども、私はどうも心のどこかにそれが引っ掛かってしまった。
なぜだろう。
どの台詞も勇ましいはずなのに、私の耳にはとても虚しく儚げに聞こえてしまって、まるで最後まで「歌い切る」ことさえ難しいような、それでも無理やり自分や周りを鼓舞しているみたいな、そんな諦めにも似たようなものを感じた。
今までの彼女なら、どんな時であっても、やる前から諦めたりなんてしない。
それぐらい、とにかく真っすぐで、前向きな子が、私の知る桜良という人間なんだ。
そう思って、あの時は考え過ぎか、とその直感を切り捨ててしまった。
でも、実際に最後まで歌い切ることは叶わず、後日病室で会った桜良はひどく虚ろな目をしていた。
結局、あれ以来何も話すことができず、しばらくあちらで入院するため、次に会えるとしたら年が明けてからということだった。
果たしてその時になったなら、ちゃんと向かい合って話せるだろうか。
彼女が抱えている悩みを、みんなで共有できる日が本当に来るのだろうか。
答えのない問いの螺旋に、私はいつしか引きずり込まれていた。